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李香蘭 = 山口淑子、アジア・日本・ハリウッド [34]
山口淑子は戦後の日本映画で、本格的な特撮にチャレンジした最初の大スターではなかろうか。
ブルーバック合成で縮んだり、人形を使用するのは『モスラ』小美人の先駆だろう。

本格的なカラー特撮も東宝では初めて (1956年度の大規模な特撮を使ったカラー作品では、大映の1月公開『宇宙人東京に現わる』、松竹の9月公開『忘れえぬ慕情』が有名) で、撮り直しも多かったと思われる。
その試行錯誤は、12月公開『空の大怪獣ラドン』で生かされた。

山口はもちろん、池部良や美術の鈴木一八など、本作のエピソードをエッセイに綴った関係者は多い。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

李香蘭 = 山口淑子、アジア・日本・ハリウッド [33]
ショウ・ブラザーズと東宝の合作『白夫人の妖恋』(1956.6) は、ヲタク的には「円谷英二の特撮が売りのスペクタクル映画」といった体だが、実際は中国の伝説を基にした「文芸映画」である。

カラー作品。
監督も、前年に『夫婦善哉』(1955.9) で絶賛された豊田四郎を招き、白蛇の精を演じる山口淑子の相手役も『暁の脱走』で共演し評判をとった池部良、白蛇のカワイイ妹分役に八千草薫と万全であった。

制作途上、山口の身辺は騒がしくなる。
ひとつは、仲がギクシャクしていたイサム・ノグチとの離婚。
もうひとつは、アメリカからのブロードウェイ・ミュージカル『シャングリラ』出演依頼である。
彼女は1950年からの最初の渡米で、『東は東』出演と同時期に厳しいオーディションに合格して舞台『マルコ・ポーロ』出演も決まっていたが、制作が延期となった経緯があったのだ。
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李香蘭 = 山口淑子、アジア・日本・ハリウッド [32]
『東京暗黒街 竹の家』と前後関係がよく判らないが、1955年に山口淑子は香港で、ショウ・ブラザーズ映画2作目となる王引 監督『金瓶梅 (きんぺいばい)』に主演している。
キネ旬の女優全集には、記載されていない。
この頃は過激描写は無いにせよ、のちにポルノ映画にもなる明 時代に書かれた作者不詳のエロ小説が原作だけに、出演したことを隠したかったのかも。

もちろん、李香蘭名義。
濡れ場と歌、やはり彼女の魅力で押した映画のようだ。

中国古典に材をとった本作は、好評だったのだろう。
次回作の、ショウ・ブラザーズと東宝合作『白夫人の妖恋』に繋がってゆく。
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黄金期の日本映画 カラー・メイキング8ミリ映像 [2 完]
今回、画面で しっかり紹介されたのは『用心棒』だけだが、フィルムケースのラベルに『どぶろくの辰』(1962.4) 『忠臣蔵』(1962.11) 『愛・旅立ち』(1985.1) といった東宝作品の名が読みとれた。

そして、『モスラ』(1961.7) もあるという。

この画面の左下に映っているのは、海岸の岩場での撮影風景らしいが、インファント島のシーンかな ?
撮影されたが使われなかった、九州・高千穂でのロケ風景 (予算が かかるため、物語を国内で終結させるように変更しロケしたが、アメリカ配給のコロムビア側から、当初のシナリオ通りにニューカーク・シティで終わらせるよう言われ、撮り直しに) もあったりして ??
さらに、左上は『日本誕生』(1959.10) ですね。

特撮ファンも、期待するべし。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 10:03 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

黄金期の日本映画 カラー・メイキング8ミリ映像 [1]
昨日11月11日のNHK『ニュースウォッチ9』で紹介されていたのは、東宝映画『用心棒』(1961.4) の撮影風景を記録した、カラー・メイキング8ミリ映像。
そういうモノが「ある」とは言われていたが、ついに日の目を見た !


映画会社に眠っていた、600巻を超える8ミリフィルム。1巻4分程度としても、40時間以上はありそうだ。
会社としての記録用か、個人の趣味かは不明だが。
長年 東宝で撮影助手 (クレイジー・キャッツや若大将映画、黒澤映画にも参加していたようだ) を務め、『プルメリアの伝説 天国のキッス』(1983.7) などで撮影を担当した古山正が5年かけてチェック。
フィルムセンターに寄贈されることになり、クロサワ映画の人気作から「お披露目」となったわけだ。

『用心棒』のカラー・メイキング8ミリ映像は、「大橋史典 氏が所有していた」と鷺巣富雄が語っている。
この映画で、有名な犬がくわえた手首や切断されるジェリー藤尾の腕を造型、出演もしている逸話の多い特殊造型家・俳優だ。

今回のフィルムが、大橋 撮影のものかどうかは知らないが、撮影現場で写真を撮ったり8ミリを廻したりするスタッフ・キャストは当時から いたらしい。
江利チエミは、自分が主演した『サザエさん』の現場をカラーの8ミリで記録している。
特撮美術の渡辺明や村瀬継蔵は、カラー写真や8ミリでミニチュアの建て込みや着ぐるみ造型を記録し、一部が本やDVDに収録された。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 13:26 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

李香蘭 = 山口淑子、アジア・日本・ハリウッド [31]
チャールズ・チャップリン (1889 - 1977) との交友も。
イサム・ノグチと結婚する前、一緒に連れていってもらったチャップリン邸でのパーティが初対面という。
その後、ハリウッドを追われスイスへ移住したチャップリンと会って、何度か食事もしている。

左は、1951年7月にアメリカで開かれた日本式 (懐石料理と お茶) パーティにて。
右は、チャップリンが1961年に来日した折の写真か ?
この頃、山口は再婚し女優を引退していたが、通訳としてチャップリン夫妻に同行したそうだ。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 13:25 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

『宇宙大戦争』ロングバージョンに期待
東宝の特撮映画『宇宙大戦争』(1959.12)。
公開された版より3分長いロングバージョンが発見され、日本映画専門チャンネルで『怪獣王ゴジラ』のシネスコ版などと一緒に放送されるという。

昨日観た予告で、その一端が判明したが。
タイトルバックの円盤飛行方向違い、未合成カット…。

どうやら、手直し前のワークプリントだったのでは。
でも、濃いぃヲタクは「ちょっとだけ違う」ところに燃えるもの。
放送日の11月24日は、大いに期待したい。
電光オズマみたいな野村浩三 演じる戦闘機隊長の活躍や都市破壊、ナタール人の出番が長いと嬉しいけど。
池部良のアップがメインだったら、ちょっと辛い ?

10数年前にCDのライナーで読んだ情報だが、かなり分量があるらしい『大怪獣バラン』オリジナルネガ (1958.10 当初はアメリカのテレビ用に制作を始めたため、尺が長いはず。音声の一部だけ、DVDに特典収録済) の点検も、そろそろお願いしたいであります。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

李香蘭 = 山口淑子、アジア・日本・ハリウッド [30]
『東京暗黒街 竹の家』撮影が終了したあと、山口淑子はアフレコ作業のため再びハリウッドへ。

この映画、ドイツ語圏では“東京物語”と題された。
東宝の怪奇SF『美女と液体人間』(1958.6) って、ロケ地…たぶん、佃島 月島 築地あたり…も含め、本作を下敷きにしていないか ?

アフレコスタジオでの長すぎる待ち時間、山口は ある若手男優と仲良くなる。
ジェームズ・ディーン (1931 - 55) だ。
撮影所食堂でも、コーヒーを飲みながら何度か話をしたという。
ディーンは、日本に興味を持っていた。

初の主演作『エデンの東』は、4月に全米公開されたばかり。その人気は沸騰中だ。
ディーンがアフレコをしていたのは、ワーナー・ブラザーズ社の『理由なき反抗』である。
『竹の家』は20世紀フォックスの作品だが、シネスコサイズ映画用の設備が充実した録音スタジオは、ハリウッドといえども各社共用だったのだろうか。

山口がディーンに誘われ、当時のフォックス社長 スパイロス・スクーラス (1893 – 1971、フォックスの社長職にあったのは1942年から62年まで) の豪邸へ行ってみると。
スクーラスの息子グループがパーティをしていたが…。
女性は山口だけ。
オトコばかりのうえ、服装まで異様な その雰囲気に、彼女は彼らが皆 ゲイじゃないかと思ったそうだ。

賢明な山口は書いてないが、後年 有名になった若手男優も混じっていたのではなかろうか (ディーンに、ソッチの ご趣味があったとも書いていない)。

帰り道、山口はディーンの新車に乗せてもらうことになる。
銀色のポルシェ。
「あなたは、この車に最初に乗せる女性だ」
その激走ぶりはレーサーそのもので、彼女は恐怖を感じたらしい。

後日、山口はディーンがそのポルシェ550で、レース出場途中に同乗のメカニックと事故死したのを知る。
亡くなったのは1955年9月30日、享年24だった。

『東京暗黒街 竹の家』は、1955年7月 全米公開。同年8月 日本公開。
『理由なき反抗』は、1955年10月 全米公開。1956年4月 日本公開。
『エデンの東』は、ディーンの死後すぐの1955年10月4日に日本公開されたという。

ちなみに、出演シーンを撮影済だった『ジャイアンツ』は、ディーンの遺作として1956年10月に全米公開。同年12月に日本公開された。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

李香蘭 = 山口淑子、アジア・日本・ハリウッド [29]
『東京暗黒街 竹の家』は、1955年の1月より43日間に渡って日本ロケが行われた、アメリカ映画の大作であった。
山口淑子と共演したのは、ロバート・スタック。
キャメロン・ミッチェル、早川雪洲が助演している。
戦後の日本風景を採り入れたアメリカ映画は それまでも数本 (『東京ジョー』『トコリの橋』) あったが、こんな大規模なロケは初めて。
以降、海外からの撮影隊 (『八月十五夜の茶屋』『東京特ダネ部隊』ほか) が日本へ押しかけることになった。

だが、そこに描かれた日本風俗のヘンさから、当時は国辱映画と揶揄され、評価も低かったようだ。

映画評論家の双葉十三郎は「珍品として笑い飛ばし、ヘンな部分も楽しめば良い」と評したが、採点は45点と厳しい。
しかし時が経ち、カラー・シネスコで撮影された1955年のニッポン・東京風景を懐古する視点が生まれ、楽しめるフィルム・ノワールとなったのは皮肉なり。

国際ギャング団を殲滅する話だが、ウィキによればハリー・クライナー (『ミクロの決死圏』『ブリット』) がオリジナル脚本を書いた『情無用の街』(1948) の焼き直しとのこと。
脚本は、クライナーと監督のサミュエル・フラーの連名 (フラーはダイアローグを担当) になっている。
川本三郎によると、最初のタイトルは「目黒区の顔役」だったそうで。
自伝で、一役者が映画の国辱的な描写に口出し出来なかったと書く山口も、コレだけは猛反対し変更させたそうな。

『情無用の街』はウィリアム・キーリー監督 マーク・スティーヴンス主演だが、リチャード・ウィドマークの冷血ギャングが有名な作品。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 11:39 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

HAPPY HALLOWEEN 2014 [3 完]
リリアン・ウェルズ (1927 - 77) は、ニューヨーク出身のモデル・女優だが。
ハンフリー・ボガートが弁護士を演じる『暗黒への転落』ほか、1940年代後半に数本の映画出演歴があるものの、ノークレジットの端役ばかり。
モデルが本業だろう。

写真にグッと来た海外の方が、人着したバージョン。

テックス・アヴェリー作品の狼なら、目が何重にも飛び出すようなルックス !
彼女も1度 結婚に失敗、TVやラジオの有名アナウンサーで俳優としても知られたリー・ヴァインズと再婚したが。
1977年に、50歳で亡くなったという。

以上、気になった3人を紹介してみた。
彼女たちの全盛期の写真、毎年ハロウィンの時期に、世界の大勢の人に見てもらえているんだろうな…。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 10:46 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP