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タイフェスティバル in NAGOYA 2011 [2]
前座で登場した、グランミー社の男性歌手 トン・ザ・スター (Ton The Star)。

存じ上げない方ですが、歌唱力はさすが。なかなか甘い歌声でした。サングラスかけると、若き日の大門正明 似かな ?
| チェンマイところどころ2011 CHIANGMAI HERE AND THERE 2011 | 23:51 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP

タイフェスティバル in NAGOYA 2011 [1]
2011年5月28日 土曜日。
台風2号接近に伴う大雨に祟られた、タイフェスティバル名古屋の開催日だ。
東京でのタイフェス開催は東日本大震災がらみで中止になったものの、コチラは悪天候でも、先週の大阪に続き無事に幕を開けた。
だが吹き降りで、屋根を付けてもステージはビショビショ。いつも来ている着ぐるみ象も、さすがに見かけなかった。

ま、タイの雨季を思えばこれしきの雨、大した事じゃないでしょうがね。

今回荒天を押して行ったのは、ひと昔前に一世を風靡したタイの女性歌手 ニコル (ニコル・テリオー) のライブが見られるから。
かの国の歌なぞマッタク興味のなかったわたくしが、「イイじゃない !」と思った初めてのタイポップス歌手がこの人であった (スンタリーさんがイイ ! と思ったのはその後、但しちょっと別格)。

彼女は1972年、アメリカ人の父とタイ人の母との間に生まれた。
1998年に20代後半で歌手デビューしたという遅咲きながら、ルックスと曲に恵まれアイドル系として人気者に。
2004年に歌手のメーウ・ジラサック・パーンプムと結婚 → 男児ティガーくん (ニックネームです) を出産 → 2008年2月に離婚、復帰…というその後の履歴から、口の悪いヒトなら「トウの立った出戻りアイドル」と言うだろうけど、この人の生歌は いちど聴いてみたかった。

タイ料理屋で流れていたVCDで彼女のポップチューンにグッと来てから (あまり力説したので、いつもの如く、わたくしの“周囲”が先んじて「通」になろうと暴走してましたが)、幾星霜。
歌を聴くコンディションとしてはイマイチな天気なれども、その時は来た。
| チェンマイところどころ2011 CHIANGMAI HERE AND THERE 2011 | 16:35 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP

チェンマイの小さなレストラン・キャットハウス [2 完]
もらった名刺。チェンマイ訪問時に「行ってみようか」と思われた方は…

http://cathouse-cm.com/
こちらを参照のこと。地図も載ってますよ。
2度目に行ったとき、友人が2人来ていて、1人は日系人 (下の写真、右のヒト)。日本語も達者なので、通訳していただき、いくつか判りました。

下の写真、真ん中2人が経営者のご夫婦です。
背の高い優しそうなご主人はカナダ人で、アーティスト。店に飾ってある絵や、わたくしが気になった看板類は全て自分で制作したとのことです。
但し、お店では注文取りと料理運びしかしてませんが (笑)。
料理上手の奥さんは、首筋の (背中も) タトゥーもイカす小柄なタイ人女性なり。

一番の疑問は、店名のキャットハウス。自宅は知らないが、店に猫の姿もないし、猫好きだったら写真や置物のひとつくらい飾ってあると思うが…。
聞いてみて判明。猫は、奥さんのイメージなんですって。「仲良く」ケンカすると、バリッて引っかくからなんですってよ。ンマ〜 !

というわけで、またチェンマイに行く機会があれば、覗いてみたい店の思い出でありました。

※ 訂正、店内に猫の置物は数点置いてあったよ。
| チェンマイところどころ2011 CHIANGMAI HERE AND THERE 2011 | 21:32 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP

チェンマイの小さなレストラン・キャットハウス [1]
原発話に使うテレビ画撮写真を探すため、タイで撮った写真フォルダーを開いたら、こんなのが出てきまして。

ブラブラ散歩していたら、あるソイにこんな看板が。何コレ ? 前は無かったな…と思い撮影したんですね。
本来はカテゴリー「猫図像の部屋」 にアップしたい物件ですが、こちらで紹介します。

…で、次の日に行ってみると。
これは、キャットハウスという小さなレストランの看板でした。
タイ人の奥さんとファラン (白人) のダンナが経営。裏にはヨガ道場が併設されていますが、別に精神世界を強要されることは無かったので、安心しましたよ (笑)。

本来、ヲタクのわたくしが取り上げる物件じゃありませんが、昼からビールも飲める上、頼んだスパゲッティが美味しかったのを思い出し、この際もうちょっと詳しく書くと。

奥さんが作ってる、パクチー (コリアンダー) の効いたトマトソースが絶妙 ! この地でも こーゆーのは初めてだな。
藤子A先生風に言うなら、もちろん「ンマ〜イ !」でしょう。
料理写真は止めときましたが、麺も付け合わせの野菜サラダもタップリあって良かったですよ。
結局2度行き、チキン・豆腐をトッピングしたスパゲッティをビール呑みつつ食べました。

もちろん料理は他にもいろいろありますけど、呑みながら食べるわたくしは限定されるです。メニューは各自行ってご確認を (でも、あれから随分経ってるけど…閉店してたらゴメン)。
| チェンマイところどころ2011 CHIANGMAI HERE AND THERE 2011 | 11:25 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP

人のフリ見て…タイ、原発導入に「待った」
newsclip より。

http://www.newsclip.be/news/2011322_030366.html
タイ国立開発行政研究院 (NIDA) が3月17・18日にタイ全国で行った世論調査で、回答者 (1,205人) の72.7%が「原子力発電所導入に反対」だった。「賛成」は16.2%。
また、「東日本大震災のような災害にタイが対応できるか」という質問には62.4%が「不可能」、32.7%が「可能」と答えた。
「不可能」の理由には「経験がない」「タイ人は規律がない」「タイ人は自分勝手」といった意見が上がった。

う〜む。

毎日新聞より。
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/
20110325k0000m030111000c.html

タイのアピシット首相は3月24日、当地の国会内で毎日新聞などと会見。
福島第1原発の放射能漏えい事故を受け、原発建設の中止を視野に入れた電源開発計画の再検討を行うと表明した。
タイでは3月11日の東日本大震災後、原発建設に否定的な世論が高まっており、現政権下では原発新設は事実上困難とみられる。
首相は「決定ではない」と断ったうえで、「日本の事故の詳細を検討し、今後1、2年で (原発建設の是非を) 決める」と述べた。
また「政府決定前に地元住民の声を聞く必要がある」と語り、建設候補地で起きている建設反対運動を考慮する姿勢を強調した。

経済成長に伴う電力需要増を見越した現行の電源開発計画は、2020年までに100万キロワット級の原発第1号機を稼働させ、その後5基に増やすというもの。発電公社はすでに建設の予備調査に着手し、中国や日本の関係企業と技術協力協定を結んでいた (2010年11月に、日本原子力発電と。もちろん本契約は未定である)。

数年経ち「喉元すぎれば…」という感じもあるが、福島の事態が今日 (3月26日午後) 現在 依然予断を許さず、思った以上の大事だと判明した今、再考する時間のある国々は本気で考え直した方が良いと思う。
ましてや、アジア屈指の農業国ならば…。

オマケ。2008年、チェンマイに逗留していたときテレビで流れていた、タイの原発啓蒙アニメ。
安全性神話を植え付けるには まずコドモから…この戦略、どこの国でも同じですね。

| チェンマイところどころ2011 CHIANGMAI HERE AND THERE 2011 | 16:20 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP

「ハレムのやさしい王様」と『ウルトラ6兄弟 VS 怪獣軍団』
神田近くにある、米沢嘉博記念図書館へ行った。マンガ評論・コミックマーケットの創立メンバーとして知られる氏の収集した膨大な資料や書籍が、逝去後 母校・明治大学に寄贈され、その一部が展示・閲覧できるようになった施設だ。
今回の目的は、大ファンである吾妻ひでおの作品展示を見るためだが、2階にある図書館で会員登録をする待ち時間、藤子不二雄Aのブラックユーモア短篇集を広げていたら、「ハレムのやさしい王様」(1973.3 「漫画サンデー」に初出) が収録されており、久しぶりに興味深く読んだ。

わたくしのように、1人でタイのチェンマイを何度も訪れるようになったヒトは、久しぶりに知人に会い呑んだとき、酔いが廻ってきた頃必ず聞かれたコトがあるはずだ…「(ニヤッと意味ありげな笑いをされたあと) 若〜いカノジョができてるンだろ ? 囲ってるのか ? 何人とヨロシクやってるんだよ ?」

年金生活者のロングステイ先として、脚光を浴びて久しいチェンマイに、若〜い (微妙な表現っす) 女子目的「だけ」でやって来る邦人が今もいるかどうかは各自確認して頂くとして (笑)、一般人にそういう先入観を植え付けたのは、実話に基づいたマンガ「ハレムのやさしい王様」の“事件”が鮮烈だったからだ。
1970年代初頭のチェンマイ (当時、この街にコダワル日本人は少なかったはず) で、“少女妻”を一軒家に10人以上も囲うハレムを作りモンダイとなった玉本さんは、タイで逮捕された後 この作品が描かれた時期の1973年2月に国外永久追放となるものの、1991年ごろ隣国のカンボジアで同様の“事件”が発覚してしまう…という懲りない人生。何処かでまだ存命だと思うけど、藤子A氏のマンガをご存じなのだろうか。

初出時と単行本収録時の異動を含めた作品の紹介・事件の詳細はこちらのサイトでご覧頂くとして、

藤子不二雄ファンはここにいる koikesan の日記
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20060412
初出誌書き換え研究所 (仮)
http://kuromakumiai.web.fc2.com/harem.html

海外旅行体験を多くの作品で生かしている藤子A氏が、チェンマイを取材しているのかどうか知りたくなってきたね。少なくとも、編集者か藤子プロのスタッフは現地に赴いてるんじゃないか。
描かれた1970年代初頭のチェンマイ風景…だが、ソンテウやトゥクトゥクは登場しない。当時はサムローがまだ幅を効かせていたと思われるが、その姿もない。馴染みのタイ人運転手 (主人公を旦那 = ナイハンと呼ぶ) との会話「チェンマイにも日本車が増えてきた」というセリフとそぐわないので、意図的に出さなかったのかも知れない。
その辺がちょっと ? だが、タイでも高名な日本の一流マンガ家が、実話ネタとはいえチェンマイを舞台に描いた、初の作品と言えるのかもね。
もっとも、タイで出版される可能性は ほぼ無いと思われますが。

本作では、主人公・玉本…初出誌表紙ではタマモトとしているが、金本と変えてある。単行本では猿島に再度変更…の“少女妻”たちがテレビに見入るシーンが妙に印象的だが、映っているのはウルトラマン的なヒーローと怪獣の格闘だ。
冒頭の写真起こしらしき少女たちに続き、タイの風物をビッシリ描いたページにも格闘カットがあるが、今回ハヌマンも描かれているのに気が付いた。
ウルトラとハヌマン…コレはひょっとして、円谷プロとの裁判や残酷描写で有名になったタイの特撮映画『ウルトラ6兄弟 VS 怪獣軍団』を たまたまチェンマイで観て (ちょっと変えてあるとはいえ) その印象を作中に取り入れているのではないか ?

帰ってきて調べたが、残念ながらタイでの公開時期は、マンガの描かれた1年半以上あとの1974年11月。関連は無かったようですね。
ただ、ウルトラシリーズが当時もタイでいかに人気があったかの証拠となった。藤子A氏かスタッフは、現地の人が食い入るように観ている情景に出会い、作中に登場させたのではないか。

それはともかく、チェンマイに興味のある方は (勉強の意味でも ?) 読んでおいて損のない力作、乞一読。

※ 作中、アルンという物売りの美少女を“囲う”ために払った費用は5万バーツ、当時のレートで72万5000円と注記されている。1バーツは1973年当時、14.5円だったのか (現在は3円弱)。
※ 初出時にあった、タイ国王らしき人物のカットが描き変えられているそうですが、これはやはり単行本収録時に「不敬に当たる」と考え、作者が直したのでしょう。
※ 邦人がタイに逗留しているとゆーコトは、いくら現地で女の子にお金を撒いてモテていようが、「ただヨソの土地で過ごさせてもらってる」ってだけですから。謙虚にしてないと。
美幼…いや (苦笑)、美少女がザラにいる街ですが…タイには密告制度もありますしね、軽はずみな行動は要注意です。分かりにくいけど、監視カメラもいっぱいあるんですよ。
あと、1人で行動してると、「オンナ目当てで来てる」と思いシツコクすり寄ってくる 手合い (斡旋業 ? の邦人) が居ますけど…困ったものです。わたくしもキレイ事だけで行動してませんが、それにしても、ね。
前も書いたけど、タイの女子って実は凄っごく強いですから。日本の若い女子に相手にされないから、貧しく親を抱えていてお金の欲しいタイ娘を札ビラでどうにか…なんてゆー魂胆は、ソコソコにしておいた方が良いと思うです。アトもツラいです。
でもいくら言っても、ニューカマーはみんな「俺だけは別格」とゆー妙な自信があるからな。アレ何なんだろ ?
| チェンマイところどころ2011 CHIANGMAI HERE AND THERE 2011 | 10:18 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP