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コアな日本映画マニア必読 ! 「ウィリアム・ロス 映画人生 五〇年」 [3]
『あしやからの飛行』(1964 アメリカ)
日本で撮影され、大映のスタッフ・特撮陣 (黒田義之ほか) が協力して評判を取った、アメリカ海軍航空救助隊のレスキュー・アクション。
マイケル・アンダーソン監督、ユル・ブリンナー リチャード・ウィドマーク ジョージ・チャキリス が豪華共演。
キレイどころで、スージー・パーカー シャーリー・ナイト ダニエル・ゴベール。
日本からは、大映女優の滝瑛子や中村哲が参加。


パイロット役のロス氏と ともに、在日外人俳優のアンドリュー・ヒューズが出演している。


上は、『皇室と戦争と わが民族』(1960.6 新東宝) でマッカーサーを演じたヒューズ。
1908年生まれ、健康食品会社 …コンフリー = ヒレハリソウを扱っていた。この植物は健康被害報告があり、2004年6月に厚生労働省が販売を禁じてますね… の社長が本業という。
もう、亡くなっているかも。
オーストラリア人で、『日本沈没』(1973 東宝) のオーストラリア首相役は嬉しかったかも。

『海底大戦争』(1966.7)
東映とアメリカ・ラムフィルム合作の、海洋特撮怪奇映画。
サイボーグ半魚人が登場する。
オリジナルはシネスコサイズです、念のため。

佐藤肇監督、千葉真一 主演。
原案は福島正実だ。特撮は矢島信男が担当。
潜水艦のデザインを含む特殊美術は、成田亨 (時期的に東宝や円谷プロの仕事とバッティングしていたせいか、武庫透 名義) !

その頃、日本映画の輸出用・英語吹き替え版 制作会社を立ち上げていたロス氏は、本作にアシスタント・プロデューサーとして参加。
アンドリュー・ヒューズほか、在日外人俳優 多数出演。

『ガンマー第3号 宇宙大作戦』(1968.12)
東映がラムフィルムと再度合作した、オール外人キャストの宇宙恐怖映画。
宇宙ステーション ガンマー第3号が、地球に接近する惑星・フローラ爆破作戦の際に持ち帰ってしまった増殖生物に乗っ取られる。

深作欣二 監督。
円谷英二の下を去った渡辺明や川上景司が興した、日本特撮映画株式会社が特撮を担当。
ロバート・ホートン ルチアナ・パルッツィ リチャード・ジェッケルと、知名度のある海外スターが主演。

ボンドガールとしても知られる、イタリア女優のパルッツィ。
東映で撮影中に、当時 愛人関係 (正式に結婚しなかったようだ) にあったトニー・アンソニーが訪ねてきたのが縁となり、先述の『ストレンジャー・イン・ジャパン』制作が実現したという。
ちなみに、パルッツィの最初のダンナは、やはりマカロニウエスタンなどイタリア映画で活躍した、アメリカ人俳優のブレット・ハルゼイ。

ロス氏は、アシスタント・プロデューサーとして参加。出演もしている。
ロバート・ダンハムほか、在日外人俳優 多数出演。
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コアな日本映画マニア必読 ! 「ウィリアム・ロス 映画人生 五〇年」 [2.5]
『黒船』に、唐人お吉役で大抜擢された安藤永子について少し書く。


1934年、中国は大連の生まれという。
映画PRのため1958年、『エド・サリヴァン ショー (58年当時のタイトルは、トースト・オブ・ザ・タウン = 町の人気者)』に出演した後の消息はよく判らない。
児玉数夫の「やぶにらみ映画史」には、その後「渡米した」とあるが。

オーディションで選ばれた彼女の「正体」は、日劇ミュージックホールのヌードダンサー・藤原みどり であった。
児玉氏によれば、昭和20年代には画家のモデルも していたようなので、山村聰のように「無名のモデル出身」と書いても間違いは ないでしょう。
だけど、ロス氏の言うように、ミス日本ってのは どうなんだろ。

一般的な女優経験のない「シロウト」を、ジョン・ヒューストン監督が周囲の反対を押し切ってまで抜擢した裏事情。
監督、お忍びで日劇へ行ったとき、彼女の裸身にグッと来てしまったのかもね〜 (笑)。

少し前、某オークションに出品された写真を拝借しました。

1955年 秋の公演、左の女性が藤原みどり。
背もスラリと高そうだ。
中央は、数年後に女優として名をなす、春川ますみの若き日の姿である。
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コアな日本映画マニア必読 ! 「ウィリアム・ロス 映画人生 五〇年」 [2]

本に写真が無かったので。
手持ちのモノとネット上で集めたモノを使って、ウィリアム・ロスが参加 (出演・スタッフ) した映画の一部を特集・紹介してみる事にした。
[1] 同様に「氏」を付けた時と そうでない場合が あり、他の方とバランスを欠く場合もありますが、読みやすさを考え そうしたので、ご理解のほど。

1957年2月、アメリカから来日したウィリアム・ロス。
朝鮮戦争のあと、日本に住んでいた同国人から映画出演の誘いを受ける。

アメリカ軍の軍曹として日本に駐留したあと、帰国→再来日したエド・キーンらと出演した初の映画は、メガヒット作『明治天皇と日露大戦争』(1957.4 新東宝) だった。
ロシア軍人役だが、出番は本編からカットされた様子。

エド・キーン。

『国際秘密警察 指令第8号』(1963.8 東宝) より、右は主演の三橋達也。
1960年代後半 ? に帰国した後、亡くなったという。

結果的に、ロス氏の日本映画初出演となったのが…

『海の野郎ども』(1957.8 日活)

オリジナルはスタンダードサイズです、念のため。
石原裕次郎主演、新藤兼人 脚本・監督の海洋アクション…ではなく、入港した外国貨物船が舞台の多国籍階級闘争 ? ドラマ。
三等機関士 役で、ウィリアム・J・ロス名義。
エド・キーン ハロルド・S・コンウェイ ジョージ・ファーネスなど、在日外人俳優が多数出演。

『黒船』(1958 アメリカ)
ジョン・ヒューストン監督が、1957年10月より5か月の日本ロケを行った大作。
日本公開は、1959年2月となった。
ロス氏はチョイ役出演もしたというが、ロケーション・マネージャーを担当。
変な「エキゾチック趣味」も当然のように ある映画だが、大映スタッフの参加で しっかりした美術が楽しめる。
ハリスを演じたジョン・ウェインにロス氏は気に入られ、通訳をしていた美智恵 夫人と結婚する事になったのは本作がキッカケ。ウェインの次回作『アラモ』にも誘われたという。
共演した山村聰の自伝「迷走千里」(1997) によれば、ひとりで来日したウェインは女性がらみの「豪傑」ぶりも凄かったそうで。
ロス氏、ひょっとして「ソッチの調達」も「敏腕」だったか ?

ヒュースケン役のサム・ジャッフェは夫婦で来日し、その人柄はロス氏も山村聰もベタ褒め。
意気投合した山村は、のちにハリウッドのジャッフェ邸を訪ねたこともあるという。

日本の有名女優も受けたオーディションで、ヒューストン監督に見出され唐人お吉役に抜擢された安藤永子は、山村によれば (アリガチですけど) 監督の愛人に なったというが。
映画は本作だけで、のちに渡米したという。

ノークレジットで、牧冬吉が出ているそうだ。
ウェインを投げ飛ばす小男は、堺正章の父・堺駿二と記憶していたが、IMDbのリストには載っていなかった。
ちなみに堺は、ザ・スパイダースのメンバーと渡米時、ウェインと空港で会い写真を撮っている。

『太平洋戦争 謎の戦艦陸奥』(1960.4 新東宝)

国際スパイの役で出演したウィリアム・ロス。

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コアな日本映画マニア必読 ! 「ウィリアム・ロス 映画人生 五〇年」 [1]
戦後の日本映画で、「外人俳優」が最初に招かれた作品は何だろう。
美空ひばりと、アメリカの人気子役だった マーガレット・オブライエン が共演した映画は、すぐ頭に浮かぶ。
1950年代中盤から多く作られた合作映画は別として、裕次郎とルリ子のラリー映画に アラン・キュニーやエマニュエル・リヴァ が出ていたり、角川映画にジョージ・ケネディやリチャード・アンダーソンやエドワード・ジェームス・オルモスといった著名アメリカ人俳優が招かれ出演したのを観て、「日本映画も やるなぁ」と頼もしく思った記憶もある。

だが日本映画黄金時代には、日本映画以外では まず見かけない「外国人俳優」が、スクリーンに たびたび登場していた。
特撮映画の博士、戦争・アクション映画の軍人やGIやスパイ、怪しい黒幕に牧師に新聞記者に船員。
彼らは、俳優とは別の職も持ち日本に長期滞在している、わたくし流に言えば「在日外人俳優」であるらしい…とは認識していたが、その素性までは明らかで なかった。
だが、ついに こんな本が !



「ウィリアム・ロス 映画人生五〇年 - 妻、そして外国人俳優の仲間たち -」(2013.2 ブイツーソリューション) は、1957年2月にアメリカから日本語習得のため (それ以前も、軍人として日本に駐留した事がある。日本語を習い、米国務省へ入りたかったという) 来日後、ウィリアム・F・ロス やビル・ロス 名義でも活躍した在日外人俳優 ウィリアム・ロス (1923.9 - ) と日本人の妻 美智恵・ロス に、染谷勝樹氏が行ったインタビューがメインの、映画人生回顧本だ。

さらに、日本映画に貢献した在日外人俳優の代表選手、アンドリュー・ヒューズ ハロルド・S・コンウェイ ロバート・ダンハム ほかの簡単なプロフィールと作品リスト (ノークレジット作品も含む) も併載した、コアな日本映画マニアのための本である。
複雑怪奇な合作・映画輸出ビジネスの裏側が、ウッスラと (ロス夫妻、口を噤むところは心得ているオトナだ) ではあるが垣間見れるのも良。

ロス氏は、日本映画に俳優 (『海の野郎ども』『惑星大戦争』『宇宙からのメッセージ』『零戦燃ゆ』など) として出演したほか、日本でロケされた外国映画・合作映画にも俳優・スタッフ (『黒船』『あしやからの飛行』『海底大戦争』『ガンマー第3号 宇宙大作戦』『ザ・ヤクザ』など) 英語ダイアローグ・コーチ (『燃える戦場』の健さんにも指導) として参加。
また妻と、日本作品の吹き替え・海外版制作 (テレビ番組『隠密剣士』や『男はつらいよ』シリーズ、黒澤映画やアニメなど多数) に携わった。

アメリカのテレビ用に作られ、日本では劇場公開された日米合作『極底探険船ポーラーボーラ』(1977) では、ポーラーボーラ号 海上指令基地のキャプテン役。

50代中盤の、ウィリアム・ロス。

東宝映画『小説吉田学校』公開日に合わせテレビ放送された 東映制作のスペシャルドラマ『吉田茂』(1983.4 関西テレビ = フジ系) と、『零戦燃ゆ』(1984 東宝) では、マッカーサーを演じ好評だった。

本書で残念なのは、写真が一切 無いこと。
マニアは欲しかろう、ロス氏以外の在日外人俳優のテレビ出演リストが未掲載なのも残念。
だが…それは今後、ファンが個々に作成してゆけば良いことだろう。

極東の日本で、一緒に映画に出ていても。
意外にヨコの繋がりが無いのか、あるいは「個」を重んじる気むずかしい人が多かったのか。
手広くやっていたロス氏でさえ、ハロルド・S・コンウェイのように「撮影のとき以外の事は よく知らない」と答えている俳優仲間もいた。
このジャンルの「研究」は、まだまだ奥が深そうである。

上は、『社長三代記』(1958.1 東宝) のコンウェイ。

この本が世に出るまでに、妻が他界しロス氏も病床にあることが判る染谷氏の あとがきが、重い読後感を残す。
「間に合って良かった一冊」とも言える。

マカロニウエスタンのファンは、東映京都で撮影された ヴァンス・ルイス = ルイジ・ヴァンツィ監督の怪作 Lo straniero di silenzio または The Silent Stranger、通称『ストレンジャー・イン・ジャパン』(1968 イタリア=日本=アメリカ 未公開) にロス夫妻が関わったときの話 (登場するガトリング銃は、夫妻が成城学園前の業者に製作を手配した !) だけでも、この本を手に取る価値はあると思いますよ。

日本が主な舞台なのに、「西部劇」とは これいかに ?
ストレンジャー役のトニー・アンソニーと、小人の日本人俳優。


ロス夫妻が製作を手配したガトリング銃と、佐藤京一 ロイド・バティスタ 1人おいて 大前均。

マカロニに出ているが、アンソニーとバティスタはアメリカ人俳優。
バティスタは この後、本国で『チザム』『ラブ・マシーン』などに出演し、再びアンソニーとマカロニ『盲目ガンマン』(1971) で共演した。
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『宇宙大怪獣ドゴラ』 [おまけ 2]
わたくしが この映画で いちばん秀逸だと思うのは、宝石強盗団が逃げるとき、海岸の砂浜に落ちてきたドゴラの巨大結晶に潰される“勧善懲悪”ラスト = ドゴラオチだろう。

左右の結晶が まず落ちてきて…最後に「ドーン」。
合成のタイミングも上手い名場面だけど、出来すぎで。

コレ、「借り物」の可能性って、無いかなぁ ?

シナリオ担当の関沢新一は戦前からアニメにも関わっており、ソッチの事情にも通じていただろうから、当時テレビで放送されはじめたアメリカの劇場用短編アニメをヒントにしたのではないか。
テックス・アヴェリーの傑作短編アニメ『呪いの黒猫』なんて、特にね。

ピアノをはじめ、いろんなモノが落ちてきて、イジワル ブル公を追いつめる名場面 !

アメリカのアニメ『トムとジェリー』がTBSで放送されるようになったのは、ウィキによれば1964年5月13日からという。
『呪いの黒猫』(1949.1 全米公開) は、この番組の真ん中で『トムとジェリー』2本に挟まれ放送されたのが最初の「日本公開」らしい。
だが、その放送日は不明である。

同年8月公開『ドゴラ』のシナリオ初稿段階から このドゴラオチが書かれていたのか、やはり「借り物」…影響の産物なのか。
ちょっと興味が出てきました (1962年に書かれた丘見丈二郎 原案、関沢新一 脚色による初稿タイトルは『スペース・モンス』。1964年になって関沢により4稿まで書かれ、決定稿となった)。
どなたか、ご教示の程。

『呪いの黒猫』って、日本の劇場およびマニア上映会で「公開」された事はないの ?
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『宇宙大怪獣ドゴラ』 [おまけ 1]
テレビドラマ『天皇の世紀』(1971) に出演したときのダン・ユマ。

ピッチンガー牧師 役で、クレジットはダニー・ユマになっていた。
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『宇宙大怪獣ドゴラ』[4 完] 若戸大橋・完成と破壊
ドゴラは日本だけじゃなく、世界中に被害を及ぼしていたのだが、そのあたりは新聞記事紹介でアッサリと処理される。
モンタージュが素早すぎるので、印象も薄いけど。

蜂毒作戦が功を奏し、ドゴラは北極圏で絶滅したらしい。
でも、世界じゃ100万人の死者が出ていた…映画は明るく終わるけど。

わたくしが名画座支配人だったら、1962年9月の若戸大橋 完成・開通が記録された『社長漫遊記』(1963.1 東宝) と この映画を同時上映するな。

それはさておき…
完成から2年たたないうちに怪獣の襲撃を受け、こんなに なっちゃうとはねぇ !
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『宇宙大怪獣ドゴラ』[3] 宇宙細胞クラゲ変化
この映画、先述したように「ダイヤや石炭など炭素を主食とし、吸い上げて喰らう宇宙細胞」が地球を危機に陥れる話なのだが、冒頭シーンのように、人間まで浮かばせられたのは奇妙。

深夜、東京・銀座の路地を浮遊していた酔っ払い (伊原徳…ヘタなデカンショ節を歌っているが、実は国立音大卒の大部屋俳優なのだ) は、入れ込んでるキャバレーの姐さんに渡しそびれた、ダイヤの指輪でも持っていたのかな ?

「高空を移動中のミツバチの大群」によって偶然にも判明するのだが、宇宙細胞 = 宇宙大怪獣ドゴラは「蜂毒」によって「結晶化」し、活動停止する弱点があった。
結晶が巨大な雹のごとく地上に降り注ぐ、被害描写は珍味。

新兵器ではなく、地球上にあるモノがドゴラを倒すという結末。
科学的なアイディアを盛り込んだのは、SF好きな層にアピールせんとした結果だろうが、ちょっと難しすぎるね。
少年誌などで充分 映画情報をインプットしてから劇場に足を運んでいたとしても、当時のコドモ観客、たった81分の中で理解し得たのか ?

後半 舞台が北九州に移り、若戸大橋上空にクラゲ状の最終形態を現すドゴラ。

バスクリン色に濁る夜空の色が怪しく美しい。
この後、自衛隊のミサイル攻撃は成功したかに見えたが、ドゴラの「細胞分裂」を引き起こしてしまった…。

ところで、ドゴラという名は突然 命名されたようだが、由来は不明。

『パトリス・ルコントのドゴラ』(2004) という、カンボジアの日常を描いたフランスのドキュメンタリー映画があって、使われたエティエンヌ・ペルションによる曲が「ドゴラ」というそうだが、この東宝怪獣映画と関連あるのかな。

宇宙細胞が「突然変異」し怪獣化したのは、日本上空が「放射能の吹きだまり」になっていたからだと説明される。
福島原発事故後、日本上空で「そして、もう一匹」のドゴラが生まれている可能性も ?
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『宇宙大怪獣ドゴラ』[2] 美しい悪女・若林映子
みうらじゅん が早くから、「ドゴラは若林映子の映画なり」と看破していたが、この前後に撮られた映画 (『三大怪獣 地球最大の決戦』の王女を含む) と比べても、場面ごとに衣装を替える本作の彼女は、最高に美しいと思う。

宝石強盗団 (地球に降りてきた、炭素を喰う宇宙細胞 = ドゴラにダイヤを横取りされてばかりで、クサっているのが情けない) の“紅一点”なのだが、ボス格・河津清三郎の情婦とも思えず、謎多し。
名も、苗字不明の 浜子 だし。

豹柄の服を着た彼女を、舐めるように撮すカットが無いのは残念。

死に様の色っぽさは語り草だが、その前、砂浜に倒れ込むカットも良いです。
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『宇宙大怪獣ドゴラ』[1] お茶菓子代わりの枝豆の謎
日本映画専門チャンネルで録画していた『宇宙大怪獣ドゴラ』(1964.8 東宝) を観る。
タイで買ったVCDで観て以来か。

失敗作と言われやすい奇妙な怪獣映画だが、ハイビジョンリマスターで幽玄な色調の北九州・若戸大橋破壊シークエンスが綺麗になった印象。
最新モニターなら、もっと美しく見えるだろう。
光学合成カットが多いが、ダンプが舞い上がる夜景カットでピアノ線がモロ見えなのには驚いた。
スクリーンで観ると、ちょうど見切れバレなかったのかも知れないけど…。


この映画で いちばん謎なのは、東京在住で人造ダイヤの権威である、中村伸郎 演じる博士の家に現れた日本通のヘンな外人 (空手チョップを使い、当時の忍者ブームに引っかけたセリフも吐く。その実体は宝石Gメン) ダン・ユマことロバート・ダンハム (1931 - 2001 アメリカ・メイン州出身の在日ガイジン俳優。ノークレジットで『モスラ』、ダンハム名義で『ゴジラ対メガロ』に出演。名作『豚と軍艦』にクレジットされたロバート・ダンハンは、この人と思われる) が、番茶と お茶菓子代わりの枝豆を出されるシーン。

番茶はともかく、ガイジンに昼間っから枝豆 (シナリオにはサヤ豆と書いてある。現場指示ではなく、シナリオ・関沢新一の指定だったのだ) を出すとは…
博士の奇人ぶりを現しているのか ? だけど、出したのは秘書の藤山陽子だぜ。
当時しか分からぬ、何かのギャグ (博士のセリフ「わしゃヤングソルジャーじゃ !」と同様な) かも知れない。
| 邦画貼雑帖 FOLDER OF JAPANESE MOVIES | 08:25 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP