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東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第4作 『サザエさんの婚約旅行』(1958.8) [2]

ポスター。 
惹句は、婚約者と嬉しい旅も 失敗続きで花嫁修業のやり直し

同時上映は、ウィキによれば猪俣勝人 製作・脚本・監督 石浜朗 主演『荒城の月』。
ご存じ滝廉太郎の伝記映画で、シナリオ文芸協会制作、東宝配給。

猪俣勝人 (1911 - 79) は戦前から活躍している脚本家で、戦後は『現代人』 市川崑版『こころ』 千恵蔵版『大菩薩峠』シリーズなど、各社で活躍。
猪俣氏といえば、わたくしは中学校の頃、教養文庫から出版された著書「映画名作全史」シリーズで映画史を勉強させてもらったっけ (学校の勉強は、マッタクやる気なかったです…)。
監督作があるのは知っていたが。
これが第1作らしく、1962年にかけ計4本の映画を撮っていた。

ところで。
前週公開だった松林宗恵 監督 加東大介 小林桂樹 団令子 主演『風流温泉日記』のパンフレットに、『サザエさんの婚約旅行』が同時上映として掲載されているという。

宝塚映画 制作、和歌山県白浜の温泉を舞台にした風俗喜劇。
『風流…』が大ヒットして続映となり、新作『サザエさんの婚約旅行』を併映した地方の館もあったのではないか。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 09:37 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第4作 『サザエさんの婚約旅行』(1958.8) [1]
8か月ぶりの公開となる、第4作。
本作では、制作が東宝系列の宝塚映画に移る。1956年に、新スタジオが完成したばかりだった。
画面も、カラー・ワイド (シネスコ) 化。
興行主からの要望もあったろうが、長谷川町子の出身地である九州 (彼女は佐賀生まれ) や大阪、兵庫・宝塚大劇場のロケが行われた。

『サザエさんの婚約旅行』(1958.8) 宝塚映画、東宝配給
カラー・ワイド、12巻・2863メートル、104分。

サザエさん (江利チエミ) のお父さん (藤原釜足) に、九州 福岡・若松の伯母さん (一の宮あつ子) から、お祖父さんの三十三回忌に来てほしいとの手紙がきた。
お父さんは、サザエさんの婚約者で博多の東邦商事支社へ出張中のフグ田君 (小泉博) が九州から上京してくる筈なのが中止になり、サザエさんがガッカリしていたときだけに、彼女を若松にやる旁らフグ田君と会ってくるようにと、サザエさんとカツオ君 (白井肇) を代表として出発させた。

途中、相変らずの そそっかしさを発揮しつつ若松へ着いたサザエさんは、三十三回忌の法要の夜も男性に負けじとお酒を飲み踊り出したため、来ていた大阪の叔母さん (浪花千栄子) たちから大目玉を頂戴した。
「叔母さんの旅館で、行儀作法を教えてもらいなさい」という伯父さん (サザエのお父さんの兄に当たる。アニメ版なら海平か。演じるのは、坂東蓑助) の言葉にベソをかきそうになっているところへ、フグ田君が休暇をもらって訪ねてきた。

フグ田君の案内で、サザエさんは長崎・雲仙・佐世保・博多と九州の名所を楽しく回ったが、佐世保へ行く観光船の中 (本編では、長崎のグラバー邸に変更されたようだ) で、フグ由君の下宿先の娘でヅカガール…宝塚歌劇団の女優、タカラジェンヌのこと…悦子さん (安西郷子) に出会ってから、様子が おかしくなってきた。
フグ田君と親しげに話す悦子さん。
サザエさんは面白くないままに九州一周を終り、カツオ君と帰京することになった。
見送りに来たフグ田君は、近く大阪へ転勤になると告げた。

帰りの汽車が大阪に着いたとき、サザエさんは何かに とりつかれたように途中下車。
叔母さん・叔父さん (西野一家…前記の浪花と、花菱アチャコ。ノリスケや、レギュラーとなり本作にも出演している従兄ノリオの藤木悠は、ここの息子だった) の営む旅館・西の家へ行った。
彼女は、フグ田君の来るまで、ここで働くことに。
ヅカガールで、大阪の近くに住む悦子さんに恋人を取られまいと…。

やがて、フグ田君が大阪へ転勤してきた。
叔母さんはじめ、揃って宝塚大劇場へ出かけることに。
姫君に扮した悦子さんが舞台に現れた。フグ田君の猛烈な拍手。
サザエさんは、急に席を立って表へ出た。
驚いたフグ田君は後を追いかけ、「僕が好きなのはサザエさんだけだよ」と、婚約指輪をその指に はめてやった。
http://movie.walkerplus.com/mv28289/
より引用、改行・一部訂正。
http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/
eigahyou35/sazaesannokonyakuryokou.html

からは多くを得、ウィキも参照しました。

フグ田君ことマスオの会社は、山高商事から東邦商事…東宝商事と書いたサイトもあるが、東邦らしい…に社名変更したのかな。それとも、別の商事会社に再就職したのか。

カツオが長崎平和祈念像で言うセリフ「長崎も大変だな。海からはピンカートン、空からピカドンで」は、浦山珠夫こと佐藤利明氏が「映画秘宝」で紹介し、ちょっと知られている。

音楽は、神津善行 (1932 - ) に交代。
東宝喜劇映画やプログラムピクチャーを多く手掛けた彼は、本シリーズを最終第10作まで担当することになる。
神津は前年に、天才子役として鳴らした女優・中村メイコ (1934 - ) と結婚していた。
中村が、江利チエミや美空ひばりと親友だったのは有名。
江利のヒット曲・新妻にささげる歌は、中村 作詞・神津 作曲である。

ワカメの松島トモ子 (本作で降板する)、お母さんの清川虹子は出番が少なそうだ。
花菱アチャコは、第1作以来の出演。役が固定する。
多胡夫人を前作で演じた一の宮あつ子は、また役が替わった。第5作には出演していないようだが、第6作より多胡夫人役で復帰する。

安西郷子は大阪生まれ、しかもOSK (大阪松竹歌劇団) 出身なので、このヅカガール = タカラジェンヌ役はピッタリか。
宝塚歌劇団は、当然出演。
叔母の長女役・環三千世、大阪のバスガイド役・水代玉藻は宝塚出身だった。
そういえば、1948年の映画『サザエさん』と続編で、最初のサザエさん女優となった東屋トン子も宝塚出身とか。

環の恋人役に山田真二。
浅草出身のコメディアン・佐々十郎、関西喜劇の大村崑も顔を見せるという。

ポスターに、トニー谷の名があるが。
キネ旬やウィキなど、配役表に名は無い。
当時の人気者であるから、資料で省略されることは有り得ないだろう。
早い時期に作られるポスターには名が載ってしまったが、本編には出ていないかも。

※追記
東宝のデータベースにキャスト表があり、トニー谷は出ているようです。
http://toho.co.jp/library/system/movies/?437
役名は、紳士風の男。
端役の人まで載っているキネ旬などの資料から、なぜトニー谷の名が漏れたかは不明。
あと、悦子さんの両親役で 益田キートンと万代峯子。
シリーズ常連の沢村いき雄、脱線トリオの由利徹 南利明 (八波むと志は今回出ていない)。
珍しや大映の傍役・荒木忍、石田茂樹 (声優・俳優で有名な、故・石田太郎の父) の名もある。

協賛として、
若松観光協会 長崎観光協会 雲仙観光協会 島原観光協会
佐世保西肥自動車株式会社 唐津観光協会 大宰府天満宮 西海橋観光協会
がクレジットされていました。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 08:45 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第3作 『サザエさんの青春』(1957.12) [5]
撮影現場の江利チエミを記録した、貴重なプライベートムービー。
8ミリと思われるが、カラーである。

8ミリ映画自体は戦前からあり、輸入物でカラーフィルムも買えたとは思うが、富士フイルムが国産カラー8ミリフィルムを発売したのは第2・第3作が公開された年、1957年の3月という。

第何作のロケ風景か不明だが、ノリオ役の藤木悠 (ですよね ?) が一緒に映っているから第2作以降、たぶん第3作のロケ現場ではないか。
映画もカラー化されたことだし、記念の意味もあり、江利が家族かスタッフに撮ってもらった…と推理したが、いかがでしょう。

『たけしの誰でもピカソ』で紹介された。
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東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第3作 『サザエさんの青春』(1957.12) [4]
『たけしの誰でもピカソ』で流れた、『サザエさんの青春』の一場面。

カツラを付けた柳家金語楼 扮する山中老人に出したミカンは、カツオのイタズラで皮だけ。

フネとサザエ、それ見て母子でヘン顔に !

余談ながら、左上に出てる「初代サザエさん 江利チエミ」が間違いってこと、ここまで読んで頂いた皆さんは ご承知ですよね。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 10:17 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第3作 『サザエさんの青春』(1957.12) [3]
宣材、広告入り封筒 (紙袋 ?)。

[2] に貼ったポスターのマンガは長谷川町子の筆ではないようだが、同じ構図のコレは長谷川らしい。
なお、裏の図柄は『地球防衛軍』。紹介は またの機会に。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第3作 『サザエさんの青春』(1957.12) [2]

ポスター。

車内 中吊りポスター。
1957年の年末公開、正月第1弾。
同時上映は、カラー・ワイドの東宝特撮映画『地球防衛軍』。 
ご存じ、監督・本多猪四郎と特技監督・円谷英二のコンビ作だ。

観たかったなぁ、この2本立てを初公開時に劇場で…。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 09:36 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第3作 『サザエさんの青春』(1957.12) [1]
第3作は、初のカラー作品となった。
シネスコサイズになるのは、第4作からである。

『サザエさんの青春』(1957.12) 東宝
カラー、9巻・2263メートル、82分。

空き巣騒ぎなどあり、相変わらずバタバタしている磯野家。
ある日、山中老人 (第1作から この役を演じている、柳家金語楼) が訪ねてきた。
フグ田君 (小泉博) とサザエさん (江利チエミ) の、婚約の使者 = 仲人としてだ。
サザエさんは張り切った。
そして、フグ田君が九州に出張して会えない期間に、花嫁修業を開始したのである。
お母さん (清川虹子) を説き、磯野家の主婦として、料理・家計・育児などの「家事見習い」をすることを宣言したのだ。

その結果…コワレ物が続出し、家計は買物の時の珍計算で大赤字になった。
さらに保険屋 (小桜京子) にはマンマと引っかかり、育児は従兄のノリスケ (仲代達矢) と妻・ミチ子さん (青山京子) の間に生まれた男の赤ちゃんを借り練習するが、危くて見ていられぬと取り上げられて、何の成果も得られなかった。

家計の赤字埋めに、サザエさんはデパートでパートタイムのアルバイトをしたが、またまた大失敗をしでかした。
店内が ひっくりかえりそうな珍騒動 !
そんな中、サザエさんが たまたま そのデパートで親切にした奥様は、サザエさんの父親 (藤原釜足) の会社の専務夫人。
その海老名夫人 (第2作で伊佐坂夫人を演じた、藤間紫。夫の専務役は益田キートン) からサザエさんは見込まれ、なんと息子 (江原達怡) の嫁にと所望された。
サザエさんには、フグ田君がいるのに…。

サザエさんは父親の顔を立て、伊豆で開かれる海老名家のパーティに出席した。
その席に、九州出張中と思ったフグ田君が現れ、夫人の息子がサザエさんと見合いするのだと聞き、プンプンになって帰ってしまう。
サザエさんは悲しんだが、お父さんの努力で、フグ田君と和解できた。
山中老人を煩わして、フグ田君に事情を説明してもらったのだ。

秋晴れの日、運動会が開かれた。
サザエさんは1等賞をとった。賞品をフグ田君と一緒に開けて見た時、サザエさんは照れないわけには いかなかった。
何故なら、中には夫婦茶碗のセットが入っていたからだ。
http://movie.walkerplus.com/mv25343/
より転載、一部改行・訂正あり。
http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/
eigahyou35/sazaesannoseisyun.html

から補足し、ウィキも参照しました。

音楽担当が、前2作の原六朗 (1915 - 2001 美空ひばりの お祭りマンボ、素敵なランデブーを作曲) から内藤法美 (1929 - 88 東京キューバンボーイズ出身、のち越路吹雪と結婚。これが初めての映画音楽らしい) に替わって、タイトル曲も一新。
しかし、内藤は本作のみの担当となった。

サザエさんのお父さん = 波平が、20年も連れ添っている自分の妻の名前を忘れていることが発覚するギャグ。
長年、「おい」とか「お前」と呼んでいる内に忘れたらしい。
このネタは、最終第10作にて再び登場。
本作では波平の上司が出るものの、勤務する会社名が判るのは、第9作である。

ワカメの松島トモ子、ノリオの藤木悠は そのままだが。
1・2作目でカツオを演じた小畑やすし が降板、交代した白田肇 (小津安二郎の「お早よう」にも助演。オナラゲームでウンコ漏らしちゃう子・コーちゃん役だった) が、最終第10作まで演じることになった。
小畑は、雑誌モデルのほか1952年頃より子役として映画出演しているが、翌58年2・3月の東映『少年探偵団』(第4弾「透明怪人」「首なし男」の2部作) 出演を最後に、本人の意志で芸能界を引退。
高校はアメリカに留学、商社マンとなった。
http://www.mannerchor-keyaki.com/omoide.html
リタイア後に参加していた、コーラス・サークルのサイトによると、2010年に心臓病で急死したそうだ。
メンバーにも子役時代のことは明かさず、死後に奥様が語ってくれたという。

仲代達矢が、ノリスケ役で復帰。だが、4作目以降の出演は叶わなかった。
彼の赤ちゃん、イクラちゃんということになろうが、劇中で名が出たかどうか不明。

前作で伊佐阪先生を演じた三木のり平は、別の役 (波平の会社の元・小使) で。
2作目で隣家の多胡夫人を演じた、一の宮あつ子が同じ役で続投。4作目は別の役、5作目は出演していないが、6作目から10作目まで再び演じた。

ほかに有島一郎、若水ヤエ子、塩沢登代路、村松恵子、中島春雄。
塩沢は、この翌年に舌ガンを発症、治療のために総入れ歯となってしまう。但し東宝映画にはコンスタントに助演、長期のブランクは無かったようだ。
塩沢とき への改名 (登代路は本名) は、手術後に したらしい。本シリーズでは、最終第10作に再登場する。

脱線トリオの八波むと志 由利徹 (南利明は、出ていない) が御用聞き、魚屋役で。
沢村いき雄は今回、丘寵児と一緒に登場。冒頭シーンの、クズ屋に偽装した空き巣役だ。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 08:46 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第2作 『続サザエさん』(1957.4) [4]

昔は、二番館でも入口で、上映作品の解説と次回上映作の広告が載ったミニパンフをくれたもんだ。
東京中野 ? 野方映画劇場の併映は、『続サザエさん』の2週間前に封切られた松竹の二等兵物語シリーズ第4作『続 二等兵物語 決戦体制の巻』(1957.3)。

スチル。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 09:25 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第2作 『続サザエさん』(1957.4) [3]
立て看板サイズのポスター。

さあさ またもや荒し廻るチエミの旋風 !
歌あり ! 恋あり ! 青春お見合い武勇伝
お見合い話に胸ときめかせ、つい乗り出して
襖ごと倒れた時の間の悪さ

惹句も踊ってます。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 09:10 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第2作 『続サザエさん』(1957.4) [2]

第2作、これはパンフレット (プレスかも) でしょうか。

同時上映は、山本嘉次郎 脚本・監督、榎本健一 主演の 動物園物語より『象』。
戦時中に上野動物園の園長代理を務めた、福田三郎の実話に基づく小品佳作だ。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 09:06 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP