ブックオフで以前買ったロングステイ指南本「チェンマイ田舎暮らし」を再読していて、この著者は その後どうしてるかな?と気になり調べると。 |
私が度々訪れる、某国の街についての掲示板を眺めていて、以下のような匿名投稿(2017年6月9日 付)に感心した。
こういう板の書き込みに よくある、上から目線の罵倒調で、嫌悪感を持つ人も多かろうが。
投稿者は恐らく、この街に暮らす年季の入った同胞ロングステイヤーで、文章は若いが ご年配であろう。
ここには真理がある。
但し、絶対に全ては実践できぬ心得の数々。
そして、投稿者も(多分)こうはできなかったであろう事ども。
最後に(嘆息しつつ)書いているように、新参ロングステイヤーは「自分だけは大丈夫」と、古参の忠告を聞かない。
中には、自分が遭ったコトを新参者にも…と、忠告せず焚きつけて乗せ誤らせる、メフィストフェレスな同胞が、少なからずいるので困りものですが。
ロングステイヤーの情報源である、街の日本語紙の巻頭言として ぜひ毎号 載せてほしい この投稿を、一部補足・改行して無断掲載する。
どうか、ご容赦を。
タイへロングステイに来る おまえら、本当にバカばかりだな。
年金貰えるまでは、日本でしっかり働く。
たまにタイへ遊びに行ったりしながら、英語とタイ語とタイ文化や法律など勉強する。
店舗出店・商売はしない、共同経営など投資をしない、コンドミ二アム投資もしない、結婚紹介所・斡旋利用をしない、ロングステイ詐欺にひっかからない…
等々、余計な事には絡まない。
ロングステイはボロ賃貸マンションを借りて自炊しながら、とっかえひっかえ好みの若いタイ女を買う。
マンションを女に知られるのは危険だから、Hはラブホで。
大切な金は日本に。
リタイアメントビザは自分で頑張らず、ラクして見せ金業者に頼む。
VISAデビット付きの銀行カードとタイの銀行カードを作っておく。
ブログなんて書くなよ!
やはり、投稿からプライベートを知られるのは危険だから。
昔から信頼している日本人以外とは、タイでは一切付き合わない。
日本人会も、入っちゃだめだ。
タイ女が泣こうが喚こうが、絶対に多額な金銭を援助しない。
万が一 深い仲になり、同居するようになっても、結婚(入籍)は しない。パートナーの関係を保つ。
タイ人に恨みを買わない、怒らせない。
体壊したら、当地で療養なんて考えず、日本に帰国して保険で病院へ。最悪 生活保護。
完璧だな ♪
騙されたり、簡単に車だの家だの買い与えるバカが多すぎだね。
せめて、ローンで買わせて地上権設定は当たり前。
独身のじーさんは安易に移住して来て、簡単に日本人やタイ人を信じるから、騙されたり殺される。
最近 判っているだけで、2人も残忍な方法で殺されてる。
それでも、タイ人は無罪。
夫婦で移住も、両方せめて英語は話せないと無理だよ。どちらか死んだら苦労するよ。
皆、毎日毎日簡単に騙されてて、本当にバカ過ぎるよ。
自分だけは違う、この子(タイ女)だけは違う。これ位ならタイ女にくれてやる。
本当に、バカ過ぎて話にならんよ。
マゾかよお前ら!日本人なんだから、もっと頭使えよ!
…先人の経験談を、もっと謙虚に真摯に受け止めよ。
※ 見せ金業者とは。
会社発起人や取締役が、払込取扱金融機関以外の者から借り入れし、これを払込金として現実に払込取扱金融機関に払い込み、設立登記後または新株発行の変更登記を終了すると直ちに払込金を引き出して借入金に返済する行為。
そういう手続きを経て、設立された会社=業者。(ウィキペディアより引用)
チェンマイで、しばらくの間 通った日本食堂(居酒屋。居食屋とも呼称)の ご主人が3月4日に61歳?で亡くなったと知った日、複雑な気分になり、日記に以下のような文を綴りました。
葬儀も終わり、2週間が経ち。
参列した方のブログにも一部補足して投稿させていただきましたが、故あって更新をしていなかった自分のブログにも再掲するものです。
ご主人と最後にお会いしたのは、店を閉められて しばらく経った2016年1月。ファイケーオ通りでバッタリすれ違い、某不動産店の前で座って雑談した時です。
「あんたは変わらない(染まらない)な」、というような事を言われましたっけ。
10年以上前、既に私はチェンマイで年に数か月過ごしていましたが、当時ご主人がやっておられた2軒の店へは行っていません。
新しい店は、常宿に近く、オープンしてすぐの頃から行ってました。
ご主人が店に出なくなる少し前、常連さんや ご主人の友人以外では、料理をろくに注文せず喋りたがりで、情報を聞きまくるだけの お客様が増加していたように思います。
ご主人はプロ、無料案内所を しているわけじゃないので、こういう人たちを冷た〜く扱ってましたね。
バックパッカー向けゲストハウスに泊まって1人ゴルフしてるという中年男に「もっと安い宿はないか」と聞かれた時は、もう呆れてました。
お金持ちらしき同胞やビジネスの方々(ご主人と奥様が併せて経営しているマッサージ店の利用者や、所有のコンドー部屋を借りてくれてる人も)には、それなりの対応。
でも彼らの人間性が見えてきて、徐々に対応が変わってゆく。
私は常連さんや初対面の人と話す事もありましたが、黙って隅のテーブルでビール呑みつつ彷徨いてる猫いじりつつ、そういうのを見ているのが好きでした。
チェンマイで店を経営する日本人オーナーは今後もいるでしょうが、溜まり場にして店に立ち相手をする日本人オーナーは、ご主人が最後か。
個性派の同胞ばっかり来て、その相手をするのは疲れるに決まってます。
言葉が通じぬタイ人に店番は任せておいた方がよろしい。同胞もタイ語を学ぼうという気になり、語学学校経営者が喜ぶでしょう。
私はチェンマイ滞在時、あちこちの店で1人 ビールを呑んでると、いい人に見えるのか話しかけやすいのか、喋りたがりな同胞男性ステイヤーの(時間つぶし用)ターゲットにされる事がよくあります。
いちおう断らず、相席で話したいんですか?どうぞとは言いますが。
話に その人の過去が見えたり、タイ女性で失敗したとか良い関係を続けているという話が聞けたり、先達からのアドバイスで得した気分になる事がありますから…でも、聞きたくもない話をする人たちが8割。
いかに自分は安く旅をしてるか自慢とか、良い店教えろとか、そんなのばっか。そのうえ初対面なのに横柄で、相槌も限界。
途中で話を遮り、お引き取り願うことにしています。
また、こういう人たちは まず呑まない。せめてコーラの1本でも追加注文し、一緒に呑んでくれれば、店のためにもなるし もう少し話を聞いてあげるのですが…。
私より年上の人も多いのに、まるで分かってない。こっちを甘く見て、分かってないフリをしてるのか。
ご主人は、プロ精神で いろんな人の話を店で聞き、コラムを書き、集客目的があるとはいえブログも開設し対応しておられ、バイクも車も乗り、イクメンもやっていた。
私には出来ない…。
今回のこと、全く残念でした。
磯野サザエ (江利チエミ) の一家は、弟のカツオ(小畑やすし) 妹ワカメ (松島トモ子) と、お父さん お母さん (藤原釜足 清川虹子、キャスト表に波平・フネの名はない) の5人暮し。
サラリーマン生活だが、至ってノンキな家庭である。
しかし長女のサザエさんは、高校を卒業しても お転婆ぶりを発揮、お父さん お母さんは頭が痛い。
ある日、毎朝新聞社 勤務の従兄・ノリスケ (仲代達矢) が下宿を申し出、一家は協議の末、彼の大食らいに相当する額の下宿代を貰うことで居候を認める。
その頃、雑誌社“女性クラブ”に採用されたサザエさんは、間違えて山高商事に初出勤。
だが、そこで会ったフグ田君 (小泉博) の親切に心打たれる。
第一の仕事は、小説家・神田大六 (花菱アチャコ) 宅への原稿取り。いざ神田宅へと上りこんでみれば、彼は以前、親友ミチコ (青山京子) の勤めるデパートで、失敗の末カンカンに怒らせた客であった。
逃げ出したサザエさんはクビを申し渡されるが、親切なフグ田君の紹介で大木探偵事務所 (所長役は、とらやのおいちゃんこと森川信) に入る。
素行調査の依頼から、ノリスケとミチコの恋を知ったサザエさんの援助で、2人は結婚にゴールイン。
新婚生活を見守る彼女の胸にも、親切なフグ田君の面影が秘められた様子だ。
ミチコの名案で、サザエさんは彼に、間近に迫ったクリスマスのパーティ招待状を送る。
当日、かねて彼が言っていた通りに女らしく振舞うサザエさん。
夜になっても姿を見せず彼女を淋しがらせたフグ田君も、やがて会社の都合で遅れたと飛びこんで来る。
プレゼントは、可愛いサザエのブローチ。
喜びに手を取り合って踊る2人を中心に、サザエさん一家のクリスマスは楽しそうに続いていた。
http://movie.walkerplus.com/mv24933/
より転載、一部改行・訂正あり。
ウィキや、こちらの映画評を参照しております。
http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/
eigahyou34/sazaesan.html
雑誌社・女性クラブは、原作4コマのハロー社に相当。ちなみに編集長役は丘寵児だ。
山高商事は、TVアニメの海山商事に当たるのか。
酒屋・魚屋などの御用聞き役で、男性ボーカルグループ ダークダックスの4人が登場。冒頭にあるサザエの妄想 ? ミュージカルシーンでは、一緒に歌も。
ディズニーアニメ『シンデレラ』(1950 日本公開は52年、タイトルは「シンデレラ姫」だった) の Bibidi-Babidi-Boo を口ずさみ、これはシリーズ化されたあとも度々サザエさんが…原作4コマにも歌の著作権ネタがあったけど、こりゃマズいかな。
ウィキによれば、ダークダックスがブレイクするのは翌1957年、ロシア民謡・ともしびのヒットによってだった。
松島トモ子も、クリスマスパーティで お歌を披露している。
柳家金語楼、若山セツ子、白川由美、塩沢登代路 (塩沢とき)、沢村いき雄、一の宮あつ子も出演している。
ところで、ウィキの本作の項に、出演者として歌手・のこいのこ (1948〜 CMソングの女王、パタパタママなどのヒット曲も) の名があるんですけど、彼女が幼い頃に出演していたんでしょうか。
わたくしは未見だが、テレビ放送はされたという。
1956年といえば、長谷川町子による朝日新聞連載は絶好調。
姉妹社の単行本も、巻を重ねている。
新聞以外の誌面にも、サザエさんは登場していた。
その前年、1955年1月よりニッポン放送で、少女歌舞伎出身の市川寿美礼(1928 - 72) がサザエを演じるラジオドラマがスタート。横山道代に交代し、1965年4月まで続いた。
波平とフネ役は、東野英治郎と三戸部スエ。若き日の岸田今日子も出演。
シナリオは、チョイ役で出演もした小沢昭一の叔父・小沢不二夫だった。
市川は、1955年に舞台でもサザエを演じているが、ラジオで人気が出たからと思われる。
さらに1955年10月からは、KR (のちのTBS) でテレビ漫画がスタート。長谷川の画かどうかは不明だが、マンガ静止画を映しセリフをつけたミニ番組らしい。サザエ役は、菊田一夫の妻だった時期もある女優・高杉妙子 (1914 - 94)。これも、1957年9月まで続く。
あまり語られることのない、1950年代のサザエさんメディアミックス展開。
1956年12月、マンガ・ラジオ・テレビに続く、第4の映画版を我々は得ることになった。
そして、これも大成功を納める。