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東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第1作 『サザエさん』(1956.12) [1]
ブログも10年という事で、少し考えたんですけど。
初期の頃は熱心にやろうと思っていながら、段々と尻すぼみになってしまったカテゴリーを増補しようかと。
名画座で上映される機会はあるのに、ソフト化は今だなされない、東宝・宝塚映画版『サザエさん』10作品を纏めてみることにしました。
意外に、誰もやっていないようなので…。

『サザエさん』(1956.12) 東宝
モノクロ・スタンダード、8巻・2352メートル、86分。
『江利チエミのサザエさん』になっている資料も。

記念すべき江利チエミ主演の映画第1作は、『空の大怪獣ラドン』と同じ月に封切られていた。
監督の青柳信雄、脚本の笠原良三は、シリーズ全10作品に関わることになる。

磯野サザエ (江利チエミ) の一家は、弟のカツオ(小畑やすし) 妹ワカメ (松島トモ子) と、お父さん お母さん (藤原釜足 清川虹子、キャスト表に波平・フネの名はない) の5人暮し。
サラリーマン生活だが、至ってノンキな家庭である。
しかし長女のサザエさんは、高校を卒業しても お転婆ぶりを発揮、お父さん お母さんは頭が痛い。

ある日、毎朝新聞社 勤務の従兄・ノリスケ (仲代達矢) が下宿を申し出、一家は協議の末、彼の大食らいに相当する額の下宿代を貰うことで居候を認める。

その頃、雑誌社“女性クラブ”に採用されたサザエさんは、間違えて山高商事に初出勤。
だが、そこで会ったフグ田君 (小泉博) の親切に心打たれる。
第一の仕事は、小説家・神田大六 (花菱アチャコ) 宅への原稿取り。いざ神田宅へと上りこんでみれば、彼は以前、親友ミチコ (青山京子) の勤めるデパートで、失敗の末カンカンに怒らせた客であった。
逃げ出したサザエさんはクビを申し渡されるが、親切なフグ田君の紹介で大木探偵事務所 (所長役は、とらやのおいちゃんこと森川信) に入る。
素行調査の依頼から、ノリスケとミチコの恋を知ったサザエさんの援助で、2人は結婚にゴールイン。
新婚生活を見守る彼女の胸にも、親切なフグ田君の面影が秘められた様子だ。

ミチコの名案で、サザエさんは彼に、間近に迫ったクリスマスのパーティ招待状を送る。
当日、かねて彼が言っていた通りに女らしく振舞うサザエさん。
夜になっても姿を見せず彼女を淋しがらせたフグ田君も、やがて会社の都合で遅れたと飛びこんで来る。
プレゼントは、可愛いサザエのブローチ。
喜びに手を取り合って踊る2人を中心に、サザエさん一家のクリスマスは楽しそうに続いていた。
http://movie.walkerplus.com/mv24933/
より転載、一部改行・訂正あり。
ウィキや、こちらの映画評を参照しております。
http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/
eigahyou34/sazaesan.html


雑誌社・女性クラブは、原作4コマのハロー社に相当。ちなみに編集長役は丘寵児だ。
山高商事は、TVアニメの海山商事に当たるのか。
酒屋・魚屋などの御用聞き役で、男性ボーカルグループ ダークダックスの4人が登場。冒頭にあるサザエの妄想 ? ミュージカルシーンでは、一緒に歌も。
ディズニーアニメ『シンデレラ』(1950 日本公開は52年、タイトルは「シンデレラ姫」だった) の Bibidi-Babidi-Boo を口ずさみ、これはシリーズ化されたあとも度々サザエさんが…原作4コマにも歌の著作権ネタがあったけど、こりゃマズいかな。
ウィキによれば、ダークダックスがブレイクするのは翌1957年、ロシア民謡・ともしびのヒットによってだった。
松島トモ子も、クリスマスパーティで お歌を披露している。

柳家金語楼、若山セツ子、白川由美、塩沢登代路 (塩沢とき)、沢村いき雄、一の宮あつ子も出演している。
ところで、ウィキの本作の項に、出演者として歌手・のこいのこ (1948〜 CMソングの女王、パタパタママなどのヒット曲も) の名があるんですけど、彼女が幼い頃に出演していたんでしょうか。

わたくしは未見だが、テレビ放送はされたという。

1956年といえば、長谷川町子による朝日新聞連載は絶好調。
姉妹社の単行本も、巻を重ねている。
新聞以外の誌面にも、サザエさんは登場していた。
その前年、1955年1月よりニッポン放送で、少女歌舞伎出身の市川寿美礼(1928 - 72) がサザエを演じるラジオドラマがスタート。横山道代に交代し、1965年4月まで続いた。
波平とフネ役は、東野英治郎と三戸部スエ。若き日の岸田今日子も出演。
シナリオは、チョイ役で出演もした小沢昭一の叔父・小沢不二夫だった。
市川は、1955年に舞台でもサザエを演じているが、ラジオで人気が出たからと思われる。
さらに1955年10月からは、KR (のちのTBS) でテレビ漫画がスタート。長谷川の画かどうかは不明だが、マンガ静止画を映しセリフをつけたミニ番組らしい。サザエ役は、菊田一夫の妻だった時期もある女優・高杉妙子 (1914 - 94)。これも、1957年9月まで続く。

あまり語られることのない、1950年代のサザエさんメディアミックス展開。
1956年12月、マンガ・ラジオ・テレビに続く、第4の映画版を我々は得ることになった。
そして、これも大成功を納める。

| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
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