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映画『大佛廻国』のことを、わたくしなりに [10]
枝正義郎 (1888 - 1944) の写真がネット上に無いようなので、貼っておく。

ちなみに。
下は、『世界ふしぎ発見 !』の日本特撮特集 (2014.7 TBS)、再現ドラマの枝正。

トリック撮影 (特撮) に長じたキャメラマンとして名を上げ、後進も育てるが、映画監督としては大きな成功を納められなかった。
だが、「映画人」としては成功した部類であろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%9D%
E6%AD%A3%E7%BE%A9%E9%83%8E


『大佛廻国』のあとは、監督作が無い。
のちに閉鎖される東京・巣鴨の大都映画 製作部長→大映多摩川撮影所の「庶務課長」という最後の日々は、彼が望んでいたモノだったかどうか…。
戦時下の1944年9月、当時は死病であった結核のため この世を去った。享年55。
盛大な葬儀 (準撮影所葬) が営まれたというが。

その数年前から。
自分が映画界へ引き入れた弟子に当たる円谷英二は、J.O.スタヂオが前身のひとつである東宝で真価を発揮。
大映多摩川撮影所とは それほど離れていない東宝の砧で、国策戦記映画の歴史に残る特撮シーンを創り上げ、大評判をとっていた。
立場逆転してゆく師と弟子、晩年の枝正に葛藤は無かったのだろうか。
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