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映画『大佛廻国』のことを、わたくしなりに [4]
大仏は、いかなるルートで名古屋・中部日本を縦断したのか。
聚楽園は愛知県知多半島の付け根にあるのだから、名古屋港を通過するはずだが、当時の新聞広告に掲載されたロケ地リストには載っていない。

大仏は、南から北へ名古屋を縦断し犬山城へ至ったと推理し、並べると。

(熱田) 神宮前駅
鶴舞公園
市公会堂 (鶴舞公園内にある)
汽車が走る中央本線の高架ガードまたぎ (公会堂側から)
東別院
西別院
七ツ寺
大須観音
松坂屋
大津町 (現在の大津通沿い、官庁街の近く。かつて名古屋城外堀を利用した、名古屋鉄道瀬戸線の駅があった)
(名古屋) 市庁舎
名古屋城
覚王山
日本ライン
犬山城
岡崎

東別院は、ガンダムなどサンライズのロボットアニメに名を連ねた放送局、メーテレ (旧・名古屋テレビ) の近くにあるので、知ってる人も多いはず。
覚王山は わたくしが生まれた町で、タイから譲渡された仏舎利 (真骨) を安置するため建てられた日泰寺がある。
熱田神宮から市庁舎、さらに犬山までは、東西に迂回しているものの「北上ルート」と言って良いが、覚王山は少し東寄りで、ルートから離れている。大仏はブッダに敬意を表し、ワザワザ訪れたあと犬山方面へ向かったのか ?
そのもう少し先にある東山動物園には、立ち寄っていないんだな…と思ったら、1934年の公開時には まだ出来てなかったんですね。開園は、1937年でした。
日本ラインは木曽川渓谷下りで知られる名所、「日本のライン川」という意味なり。犬山城は、川下りの終点にある。
静岡寄りの岡崎は、おそらく犬山あたりで昇天した大仏が「瑞雲に包まれ五彩の花片に飾られて東京に向かう」ラストに通過したのではないだろうか。
| 今週のわたくし2015 SUBCULTURE DIARY 2015 | 09:54 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
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