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ハリウッド版ゴジラが また来る [24]
皆さん、「初代ゴジラ研究読本」(2014.7 洋泉社) は お読みになりましたか。
凄い一冊ですね。今世紀になってまた、新たな事実が続々と。
編集の友井健人氏、どのくらいの期間をかけられたか存じませんが、今年ベストワンの特撮関連図書と思われます。
本当に お疲れさまでした。

『ゴジラ』が名古屋地区で1954年10月27日に先行特別公開されたのは、タイアップしたバイクメーカー・キャブトンが、名古屋に本社があったからではという指摘、鋭かったです。
それと、作品中のジュラ紀が200万年前という「問題」。寓意によりワザとそうした等々、諸説あるのですが。
1955年の春、『ゴジラの逆襲』公開前に刊行された井尻正二「恐龍王国」(小山書店) で、正確さを欠くと批判されていた件については、拙ブログで以前に書いた事があったのですけど、「研究読本」でもコラムで触れられており (それ以降、ラドンやバランでは正確な年度が使われている)、我が事のように嬉しかったです。
「ユタカテレビの謎」の件も、以前に少し書いておりますので、どうぞヨロシク。

さて。
[13]で、小林信彦が『怪獣王ゴジラ』(1956) を、封切り日とされる1957年5月26日より前、5月7日に観ていたという「週刊文春」のエッセイを取り上げたが…。

先日調べものをしていて、小林が1983年に書いたエッセイにも、この話がサラリと書かれているのを知った。
しかも、こちらでは館名もキッチリ載っている。
小林が観たのは、東宝系の洋画専門劇場・横浜スカラ座であった。 

1983年といえば、翌年に橋本幸治が監督することになる、ゴジラ映画復活の噂が出始めた頃。
小林はソレに反応し、『怪獣王ゴジラ』のコトを思い出したようだ。

横浜スカラ座は、こちらに館内の様子が載っていた。
港町キネマ通り
http://www.cinema-st.com/road/r003B.html
 
しかしなぁ…「文春」でも館名を書いてくれりゃあいいのに、ボカした書きっぷり。
ほんと、イケズな小林先生ではある (笑)。

気を取り直し、あらためて推理すれば。
横浜という土地柄、今よりも米軍関係をメインとした外人のファミリー人口が多かったはず。
『怪獣王ゴジラ』は全米公開後 既に1年以上経っており、映画の噂は外人の子供たち (1954年のオリジナル版は観ていないだろう) にも聞こえていたはずだから、彼ら = お得意様のリクエストに応え、東宝が「先行公開」したのかも ?

横浜在住のゴジラフリークの方、もし興味を持たれればですが、新聞縮刷版のチェックをしてみては ?
先行公開理由が判るかも知れないし、何よりウィキの『怪獣王ゴジラ』公開日データが書き換え出来ますよ。

日本映画専門チャンネルでは11月に、世界で1本しか残っていないというシネスコ版がレストア・放送されるとの事。

この機会に、調べてみてはいかがでしょう。

なお、横浜スカラ座があった横浜東宝会館は、2001年11月末に閉館したという。
| 今週のわたくし2014 SUBCULTURE DIARY 2014 | 16:19 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
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