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美術と特撮の華-スタッフ紳士録- [8]
特殊撮影効果アーティスト、ブライアン・ジョンソン (生年不詳) 。

『2001年』に参加した特撮マンのうち、後世いちばん名を成したのはこの人でしょう。『エイリアン』『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』『ドラゴンスレイヤー』『ネバーエンディングストーリー』『エイリアン2』の特撮を担当したといえば分かりやすいですね。
参加しているという情報は早くから知っていたんですが、クレジットに名がない。特殊効果撮影チームとしてクレジットされているブライアン・ロフタスという人がそうかなとずっと思っておったんですが、違いました。
ジョンソンが改名しているのは事実 (旧名はブライアン・ジョンコック、養子に行ったのかな) ですが、本作にはノークレジットで参加していたんですね。

ご存じの通り、ジョンソンは精緻なミニチュア特撮が人気の人形劇『サンダーバード』のスタッフとしてデレク・メディングスの下で働いていました。
キューブリックは『2001年』にそのメンバーを貸してくれないかと製作者ジェリー・アンダーソンにコンタクトします。
「未来映画術」によると、キューブリックから「昼食でもどうか」という電話があり、アンダーソン側は「喜んで」と答えましたが、「うちのスタッフを借りたいのならお断り」とクギを刺します。するとキューブリックは「なら食事をする意味はない」と電話を切ったとか。
本では“キューブリック流の時間節約術である”とフォローしているものの、アンダーソン側の感想「なんと失礼な」は当然ですね。
でも結局キューブリックは大量の模型製作者や技術者を引き抜いてしまったといいます。この時引き抜かれたひとりがジョンソンでした。
「ジェリー・アンダーソン自伝」によると、この電話から2、3週間後にジョンソンは「『2001年』に製作助手として参加する」と退社願いを持ってきたとか。

大志ある特撮マンとすれば…ミニチュア特撮の大家・メディングスの下では永久に2番屋のジョンソン。新技術を学ぼうという気持ちでこのスカウトに乗ったのではないかな、と推察。「サンダーバードアルバム」によると、ミニチュア特撮の繰り返しで不満だった、ともいいますし。
ジョンソンは『2001年』の現場で体験したキューブリックの“ちょっといい話”を「未来映画術」で披露しています。

『2001年』に『サンダーバード』の血が入っているのは間違いないですが、キューブリックが本当に引き抜きたかったのはメディングスだったのでは ?
DVDに収録されたドキュメンタリーでは、ジョンソンは当然ながら引き抜きについては言及しておりません。
なおジョンソンは数年後『スペース1999』でアンダーソン作品に復帰、『2001年』仕込みの宇宙特撮で恩返し ? しております。

『サンダーバード』撮影中のメディングス特撮監督とジョンソン (右) 。ふたりは『スパイ・ライク・アス』(1985) の特撮で久々に同一作品にクレジットされています。
| 『2001年宇宙の旅』雑記帳 (凍結) FOLDER OF "2001: A SPACE ODYSSEY" | 09:41 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
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