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手塚治虫が幼い頃に観た、謎の映画 [2]
謎の映画『ラジウムX』は、『透明光線』(1936) と判明していた。
では、同時上映されていた『大自然と創造』は ?

手塚によれば、ドイツ・ウーファ社 (最近はウーファー表記らしい) 製の文化映画で、地球の誕生から終わりまでを特撮を交えて描いているという。
恐竜の生態や、胎児が成長し大人になるまでをモデルアニメで表現したカットも。
後者は、手塚の母が感嘆する出来映えだったという。
ただ、太陽系の惑星が廻っている特撮は下手で、メリーゴーラウンドのような「仕掛け」が見えていたそうだ。

石上氏は この映画を、「確認出来なかった」と注釈で書いているが、キネ旬の作品大鑑を調べ、それらしい内容の映画として2本を挙げておられる。

今回 調べると。
そのうちの1本『人類一億年の暴露』(1934 アメリカ) は、エドウィン・キャレウェ監督によるドラマであり、問題外だったが。
わたくしは先日、もう1本の『世界の一億年』(1923、日本公開1930) をネットで観て、この映画が『大自然と創造』ではないか ?…と考えた。

『世界の一億年』(原題 Evolution、別題 Darwin's Theory of Evolution から 『ダーウィンの進化論』と紹介される場合もある) は、アニメで成功したマックス・フライシャーが、野心を持って文化映画に挑んだ40分強の短編だ。
アメリカ自然史博物館に監修を仰ぎ、ダーウィンの進化論を、生物の記録映像や様々な人種の映像、モデルアニメの恐竜や人類の祖先のリアルな復元彫刻も交え描く短篇である。

同年にマックスは、アインシュタインの相対性理論を取り上げた文化映画も作っており、これも好評を博したという。
息子で映画監督のリチャード・フライシャーは、著書「マックス・フライシャー アニメーションの天才的変革者」(2005、2009 作品社・刊) の中で本作が大ヒットしたと書き、宗教上の理由から進化論を否定する人も多いアメリカのこと、上映館では口論・殴り合いが起きたとも書く。
この後、『ポパイ』や『ベティ・ブープ』のシリーズで更に有名となるマックス・フライシャーは、本作を気に入っていたそうだ。
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アメリカの国策戦争映画『北大西洋』は、特撮ファン必見
10月に発売された、ハンフリー・ボガート レイモンド・マッセイ主演『北大西洋』(1943) は、第2次世界大戦中にアメリカで作られた、戦意昂揚が目的の国策戦争映画である。

『カサブランカ』を終えたボガートを主演に迎えているが、ロイド・ベーコン監督じゃあ、「ワザワザ買って観るまでもない作品」と思う人も多いだろう。

内容も、
高性能ガソリンを運ぶアメリカ輸送船団。
襲うナチス・ドイツ軍のUボートや戦闘機。
という、アリガチなパターン。しかも2時間を超える長尺で、モノクロ作品だ。

1951年に日本公開されたときの双葉十三郎による採点は、50点。
国策映画なので、終戦直後の日本で点が辛いのは仕方ないが、双葉氏が触れていないゴチソウが本作にはある。
それは特撮だ。

我が国でも、『ハワイ・マレー沖海戦』(1942 東宝) を筆頭に、大戦中に作られた国策戦争映画は特撮技術に大いなる発展を もたらしたが、本物の戦闘機や軍艦が使えるはずのアメリカでも同様で。
大戦中はアカデミー賞の視覚効果賞…1962年までは特殊効果賞と呼ばれた… を、国策戦争映画が受賞 (『特攻決戦隊』『東京上空三十秒』など) するケースも。

この映画、アカデミー賞の選には何故か漏れている (ノミネートすら されていない) が、隠れた逸品として押したい。
特撮担当は、『風と共に去りぬ』のジャック・コスグローヴ (特技監督 扱いだ) とエドウィン・B・デュパー。
エドウィン・B・デュパーは、作品によっては「A・デュパー」名義にしている特撮マン。自ら、担当作をA級とB級に分けているわけじゃないだろうが…。
誰か、この謎を解いてくだされ。

それは、ともかく。
艦船 特撮好きには堪えられない、ミニチュアによる珠玉の特撮カットが満載です !

後年の『南太平洋』(1958) と題が似ているから、店頭でミュージカル映画と思っちゃう人も いるかもしれませんが (笑)。
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終戦記念日特集 ? ザ・キャンプ・オン・ブラッド・アイランド [2 完]
『戦場のメリークリスマス』、略して『戦メリ』で、ジャワ島レバクセンバタの捕虜収容所長・ヨノイ大尉を演じた、坂本龍一。

THE CAMP ON BLOOD ISLAND  で、マレーの捕虜収容所長を演じた マーン・メイトランド (インド生まれのイギリス男優。『クレオパトラ』『フェリーニのローマ』、『007 黄金銃を持つ男』で銃器業者を演じた人)。

メイクはともかく…リュウイチ・サカモトに似てませんか ? 特に鼻の下 (笑) !
しかも、役名は サカムラ という。

日本とイギリスほかの合作映画、『戦メリ』。
思えば、プロデューサーの ジェレミー・トーマス も出演を承諾した デヴィッド・ボウイ も、1940年代後半生まれのイギリス人だ。
初公開時は無理だろうが「多感な時期」に、テレビの深夜映画か名画座 (1973年の『フォロー・ミー』には、ハマー・フィルムの旧作を上映しているロンドンの映画館が出てきた) で、THE CAMP ON BLOOD ISLAND を観ていても、おかしくない。

『戦メリ』における、プロデューサーと大島監督の力関係は よく知らないが、金を出す立場の ジェレミー・トーマス が こう思いGOサインを出したと推測しても、間違いなかろう。
「日本軍の捕虜収容所を描いた映画は、前例もあるし商売になる」
芸術的なのか、残酷を売りにするかは別にして。

ウィキによれば『戦メリ』の原作は、イギリス在住の作家 ローレンス・ヴァン・デル・ポスト が日本軍捕虜になったときの体験を織り込んで書いた、3部構成の本「影の獄にて THE SEED AND THE SOWER」収録の2エピソードだという。
そのひとつ「影差す牢格子」は1954年に発表されたが、もう一つの「種子と蒔く者」は1963年に発表。同年、この作品を書名とし単行本になったらしい (女性が登場する、残り1つのエピソードは「剣と人形」)。

本国でも評判になったろう。
その翌年の1964年、ハマー・フィルムは THE CAMP ON BLOOD ISLAND の続編を何と6年ぶりに制作、公開した。
その名も クエンティン・ローレンス監督 (テレビ畑の人らしい) の、THE SECRET OF BLOOD ISLAND である。

当然、こちらも日本未公開。
前作で捕虜を斬首する日本兵を演じた マイケル・リッパー は続編で「出世」し、収容所長の役を演じているという。
役名は、トージョーコ (丸眼鏡を かけており、東條英機の子 という意味か ?) らしい。
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終戦記念日特集 ? ザ・キャンプ・オン・ブラッド・アイランド [1]
1958年にイギリスで作られた、第2次世界大戦中のマレー (マラヤ) で日本軍が管理する捕虜収容所を舞台にした、日本未公開の戦争映画である。
監督は、『原子人間』『カジノロワイヤル』のヴァル・ゲスト。

THE CAMP ON BLOOD ISLAND、『血の島の収容所』!
ホラー・SFモノが専門のハマー・フィルム制作 (同社の大ヒット作『吸血鬼ドラキュラ』と同年に作られた) だから、この映画が お堅い内容じゃないのは明白。
ポスターにあるような、「日本軍の残虐性」を ご覧頂くことが“売り”のようだ。

「戦争は終わった…今、虐殺が始まった !」…て。ウゥム。

マレー死の行軍を描いて、日本公開時にはカット版が上映されたイギリス映画 ジャック・リー監督『アリスのような町』(1955) には、捕虜に優しく接する日本兵も登場しているが、本作に その様子は無さそう。
前年の1957年に公開されアカデミー賞作品賞に輝く、早川雪洲 演じる日本軍人が好意的に描かれた、ビルマとタイ国境の捕虜収容所が舞台のデヴィッド・リーン監督『戦場にかける橋』に助演の、アンドレ・モレルが今回は主役だが。
日系俳優は出演しておらず、収容所長など日本軍側キャストは、白人俳優がメイクして演じている。

「国辱映画」以前の問題…当時、我が国の配給業者で観た人は いると思うが、無かったことにされてしまったのだろうね。

ポスター等を眺めていて、ジャワの捕虜収容所を舞台にした大島渚 監督『戦場のメリークリスマス』(1983 日本・イギリスほか) の一場面を思い出した…
ヤハリ、これは どこかで「繋がっている」のではないだろうか ?
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夏休み特撮大会 [3] 『ゴッドファーザー』の、モー・グリーン射殺カット
6月から7月にかけ、Eテレでやった映画技術講義『ハリウッド白熱教室』全5回を面白く観た。
毎回、アメリカ映画の名場面が教材として引用されるのだが、「編集」の回で『ゴッドファーザー』(1972) の、カジノ経営で儲けてるモー・グリーンが射殺されるカットを久しぶりに観て、「この仕掛けは どうなってるのか ?」と しばらく考える。

サウナで うつ伏せになり、マッサージを受けている黒縁メガネの男モー・グリーン (演じているのは、若い頃マサチューセッツでホントにギャングだったアレックス・ロッコ。『絞殺魔』『フリービーとビーン大乱戦』『ゲット・ショーティ』)。
侵入者に驚き、外していたメガネをかけ見上げると、イキナリ右目をレンズ越しに撃たれる。
ヒビが入るメガネ、ダラダラと流れ出る血。即死だ。

これがワンカット。
…ワカラン !

何故って ? CGが無かった時代である。
アニメ合成でレンズにヒビを入れてるようには見えない。
撃たれる直前に役者に動きを止めさせキャメラも止め、ヒビ入りメガネに変えて撮影再開したようにも見えぬ。
全てはスムーズなワンカットだ。

ネット上では、「ツルに仕込んだ細いチューブから送った圧縮空気でレンズにヒビを入れ、さらに血も流したのだろう」と書いてる人も あったが、モー・グリーンは「傍らに外して置いてあったメガネをかける」動作を しているのだ。
チューブじゃないと思うなぁ。
メガネのツルは確かに太いが、血糊も含め そんなに仕込めるものなのか。
血糊については、頭髪に仕込んだチューブから流していたとしても…レンズのヒビは ?
イロイロ納得いかないぞ。
小粒だが、世界映画史に残る特殊効果と思う。

このグレートな場面は、A・D・フラワーズ (1917 - 2001) という特殊効果マン…特殊メイクのディック・スミスも協力したと思われる…が担当した。
「手品の種」っぽいコトなのかも知れないけど、誰か仕掛けを教えてくれませんか ?

IMDbによれば、フラワーズは最初から特殊効果畑だったのではなく、映画セットのグリーンマン (植物の植え込みをする職種か) として『オズの魔法使』『禁断の惑星』などMGM作品に参加していた。
下積みのうちに、いろんな危険物関連免許を取り修業を積んでいたのだろう。
40代になって、『コンバット』『特攻ギャリソン・ゴリラ』などの人気テレビシリーズで戦闘シーンの特殊効果を担当。
当然一人では出来ないから、彼はチームのヘッドという立場になっていたはずだ。

映画でクレジットされたのは、1969年のウディ・アレン監督・主演作『泥棒野郎』から らしい。
その翌年にイキナリ、20世紀フォックスの戦争映画超大作『トラ・トラ・トラ !』のメカニカル特殊効果でL・B・アボット (共にオープニングでクレジットされた、アート・クルックシャンクは何故か除外) とアカデミー特殊視覚効果賞を受賞。一線に躍り出る。

アボット (1908 - 85、名入りで受けたオスカーだけで5個という有名特撮マン。左の人) とのコンビ作が多い印象を受けるが、やはり特別賞としてオスカー視覚効果賞を受けたディザスター大作『ポセイドン・アドベンチャー』と、賞は受けていないが『タワーリング・インフェルノ』が目立つ為だろう。

華々しい活躍期間は10年ほど。
『リオ・ロボ』『少年は虹を渡る』『スリーパー』『デリンジャー』などにも参加。
1979年の2大作『地獄の黙示録』『1941』のあとは、2001年に亡くなるまでリタイア状態だった。

自伝の類は残していないらしい。
ある意味、謎の多い人物ではある。

※追記...三一十さんからコメントを頂いたので、再見してみたけれど。
「全てはスムーズなワンカット」ではなく、「傍らに外して置いてあったメガネを手に取るところと、かける所はカットが違う」んですね〜 !

先日 観たときは、マッタク気が付きませんでした。
これだったら仕掛け入りメガネに変えられるし、キャメラから見えない左側のツルの方からチューブなどで操作出来るわけです。
ちょっとだけ (仕掛けが見えたような気がして) 安心しました (笑)。

レンズ越しに撃たれる右目ですが、コマを送ってみると、ヒビが入った瞬間に閉じているのが数コマ (わたくしには) 見えます。
アレックス・ロッコの顔面保護にも気を遣ったでしょうが、レンズを2重構造にし、たとえ飴ガラスのような素材であっても破片が決して目に入らないよう工夫していたのではないかと…。

ともあれ わたくし的に、コレが「グレートな場面 & 特殊効果」であることは変わりありません。
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『ローラ』のアヌーク・エーメ [6 完]
オマケ。

デビュー作『密会』(1946 フランス) のアヌーク・エーメ。
監督はアンリ・カレフ、主演はヴィヴィアーヌ・ロマンスでした。

14歳の頃。
「オトナ女子タイプ」が苦手な ご趣味の方も、これならOK ?

『ローラ』では、本命男ミシェルと片思い男ローラン以外にも、ローラにグッと来ている男が登場する。
ミシェル同様にアメリカ水兵のフランキーだ。
でも この人、「オトナ女子タイプ」じゃない方もイケるクチだったようで、少女っぽいセシル (演じたのは、アニー・デュペルー。本作以外で出演した映画は、同年の『さよならを もう一度』だけらしい) を追っかけて「退場」。
本命のミシェルに似たものを感じたローラとは、一夜を共にしたようだし、本作でイチバン儲けたのはコイツかも ?

この場面、「オジサンはね、オジサンはね」ってゆー、江口寿史シチュエーションに見えるな (笑)。

でもさ〜。
アヌークは実生活で『密会』から たった3年後の17歳の時、ホントに結婚しちゃうんだからね〜。
この…お・ま・せ・さ・ん !

※ 『ローラ』には、コリンヌ・マルシャンも出演。
アニエス・ヴァルダ監督『5時から7時までのクレオ』(1962) の主人公…と言いたいが、マカロニ『南から来た用心棒』(1966) のヒロインだな、わたくし的には。
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松坂屋とゴジラ [2]
松坂屋 銀座店の屋上には、オープン翌年の1925年から動物園が開設された。
ライオンや豹も飼われ、話題を集めたという。

おそらく同時に開設されたであろう遊園地は、「最後の日」まで細々と続いたが、日本全国のデパートが そうであるように、屋上の半分は夏の間 ビアガーデンと なっていたそうだ。
つまり そのスペースが、閉鎖された動物園跡ということか。

『ゴジラ』名場面のひとつ…松坂屋 屋上の巨大な鳥小屋 越しにゴジラが見え、鳥たちが騒ぐカット。

1954年 当時には あった、鳥小屋の背後にゴジラのアップを合成。
この場面はシナリオにもキッチリ書かれ、制作当初より「狙っていた」らしい。


ネット上にあった1933年 (昭和8) の絵葉書。
松坂屋 屋上に、金属製の骨組みが確認出来る。
これ、鳥小屋の上部が見えているのではないか ?

2012年春と閉店間際の屋上の様子を、ネット上から拝借し貼っておく。



ジュランかレギオン草体が芽を出しそうなアングルだね。
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『ローラ』のアヌーク・エーメ [5]
公開時のポスター。

本作を「ヌーヴェル・バーグの真珠」と激賞したのは、ジャン = ピエール・メルヴィル監督 (1917 - 73、『サムライ』『仁義』『影の軍隊』) であった。

アヌーク・エーメの踊り子衣装、これらのポスターのように水色が使われてたのかな。

水色を配色したのは、「恋は水色」っていうシャレですかね ?

公開当時のサントラ盤にも、水色が。

「ローラの歌」の作曲は、本作が初コンビとなり『シェルブールの雨傘』などで成果を出すミシェル・ルグラン。
アヌーク・エーメの歌は、ジャクリーヌ・ダノによる吹き替え という。
作詞のアニエス・ヴァルダは、ジャック・ドゥミー監督夫人で有名な映画作家だが、結婚したのは『ローラ』公開の翌年、1962年だ。

和泉雅子さん じゃありませんよ、アニエスとドゥミー。

1990年に、59歳という年齢でエイズのため亡くなったドゥミー (死因は白血病とされていたが、2008年に公開されたアニエス・ヴァルダの自伝ドキュメンタリー映画『アニエスの浜辺』以降 明かされた格好に)。
二人の間には、映画衣装の仕事をする娘と俳優になった息子がいるそうだが。
感染時期は不明なれど、アニエスがエイズのキャリアという話は聞かないし。
血液製剤や注射針が原因でなければ、ドゥミーはオトコも好きな…晩年までバイセクシャルだったっちゅうコト ?

最近は、ジャック・ドゥミーでなく「ドゥミ」と表記するんですね。
ヨーロッパ・ロケ & 外人キャストの日本映画『ベルサイユのばら』(1979.3 東宝) まで撮ってくれたヒトとは、別人みたい。
昭和は遠くなりにけり…
| 洋画貼雑帖 FOLDER OF FOREIGN MOVIES | 11:35 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

『ローラ』のアヌーク・エーメ [4]
本作の撮影監督で、ヌーヴェル・ヴァーグの代表的キャメラマン ラウール・クタール (『勝手にしやがれ』『突然炎のごとく』『ウイークエンド』『Z』) とアヌーク・エーメ。 

ラウールは、1924年生まれのフランス人。
戦場カメラマンとしてインドシナ戦争を取材、成功。
映画の撮影をしないかと誘われ、転身した。

監督作もあるが、ヌーヴェル・ヴァーグ以外の商業作品、例えばハリウッドに招かれて大成功するといった事が無かったのは意外な気がする。
| 洋画貼雑帖 FOLDER OF FOREIGN MOVIES | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

『ローラ』のアヌーク・エーメ [3]
ナントのキャバレー エルドラドの踊り子・ローラ。



このシルクハットにピィ〜ンと来た方もおられようが。
ローラの名は、ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督『嘆きの天使』(1930 ドイツ) でマレーネ・ディートリッヒが演じた踊り子 ローラ・ローラから採られているという。

アヌーク・エーメのローラは意外や身持ちが堅く、オヤジを弄んだりはしませんけどね。

こちらのサイトにも書いてあるが、
http://singinsilverscreen.blogspot.jp/2007/09/anouk-aimee-1961.html
本作は、マックス・オフュルス監督 (1902 - 57、『忘れじの面影』『輪舞』『歴史は女で作られる』) に捧げられている。
そういえば『歴史は女で作られる』(1955 フランス・西独) の主人公も、ローラ・モンテスという実在の踊り子だっけ。

演じたのは、ブリジット・バルドーの台頭前、フランスが誇った肉体派女優であるマルティーヌ・キャロル。
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