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あれは角田美代子だったのか

完全に やめられたので、もう行くことはないと思うが。
職場の付き合いで始めたパチンコ、退職してからも暫くの間 通っていた。
10年近く前、いつもの店に行った時のこと…
以下、当時(2009年)の雑記から一部を引用する。

午後からパーラー(パチンコ店)へ行ってみる、超満員なり。
新台の様子を見ていたら。チョイ悪系で革ジャンにジーンズが似合ってる60代の男性が打っているところに来た30代?の赤いダウンジャケットの男が、イキナリ殴りかかったのでビックリ。革ジャン氏も負けずに応戦、エラい事に。
店員が止めに入るが、落ち着いたと思ったらすぐまたボコボコ。
しまいにドル箱振り上げてボコッ !
どうやら赤ダウンは革ジャン氏の親族らしい。様子から、並んで打ってた若い女性は どちらかの奥さんかもしれんな。
選んだ台がゼンゼン出なかった事に端を発する いさかいであるらしいが…リアルな殴り合いを久しぶりに見たぞ。
この不況下にあっても盛況のパチンコは、魅力的だが金がかかるリスクの大きな遊びである。「この台でやってみるといい、出るぞ」などと革ジャン氏が言って、赤ダウンは席を代わったはいいが、その席にふらりと座ったハイエナオヤジが大連チャン。ムッカーッ ! といった顛末ではないか。
帰ろうと信号待ちをしていたら、まだ外でモメていた。

週刊誌によると、尼崎連続不審死事件の角田美代子ファミリーは、家族乗っ取り業以外の収入源として、パチンコにも熱中していたようで、私が住む地方にも旅打ちに来ていたらしい。
そういう際に付き合いが出来、仲間に「勧誘」された者も居たという。
私は上記のとき以外にも数回、家族とも友人ともつかぬ不思議な一団を見かけたが、ひょっとして…。
その際、自分はパチンコを打たずデータが閲覧出来る大型モニター前で よくメモを執ってた、一団のリーダー格らしき「太ったオバサン」の事も思い出した。
あれはもしかして、角田美代子だったのかもしれない。

私がパチンコをやめられた理由?
分煙の厳しい国に通うようになったからか、タバコの煙が鼻の奥に堪えるようになって、多量に流され嗅ぐと微熱まで出るようになったからだ。
飲み会で同僚から紫煙を鼻先に流されても無頓着だった私。単純に加齢で、タバコの煙に限界が来たのかもしれないが。
え?パチンコ店は分煙化も進んでいるし、全面禁煙の話もあるから お前また戻るだろうって ⁇
私は、自動ドアが開閉するたび路上へ漏れ出てくる、芳香剤のような匂いも頭痛がするほど嫌になったのだ。
もし戻る時があるなら、それは無臭・禁煙で低騒音のパチンコ店が出来た時だろう。

何でこの話を書こうと思ったかというと。
旅先の日本料理屋で、報道写真の角田美代子そっくりな肩出しワンピース姿の婆さんと太ったポロシャツ息子?を見て、思い出したからだ。
息子がこっちを一瞥する様子、あれは獲物を狙う雰囲気だった。
同胞をカモにすべく、老日本人がロングステイで溜まっているアジアの街に来ているワルもいると聞く。私は目を伏せつつ呑んでいた、彼らが去るまで。

| チェンマイところどころ2013〜 CHIANGMAI HERE AND THERE 2013〜 | 11:42 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

ある掲示板の匿名投稿から

私が度々訪れる、某国の街についての掲示板を眺めていて、以下のような匿名投稿(2017年6月9日 付)に感心した。
こういう板の書き込みに よくある、上から目線の罵倒調で、嫌悪感を持つ人も多かろうが。
投稿者は恐らく、この街に暮らす年季の入った同胞ロングステイヤーで、文章は若いが ご年配であろう。
ここには真理がある。
但し、絶対に全ては実践できぬ心得の数々。
そして、投稿者も(多分)こうはできなかったであろう事ども。

最後に(嘆息しつつ)書いているように、新参ロングステイヤーは「自分だけは大丈夫」と、古参の忠告を聞かない。
中には、自分が遭ったコトを新参者にも…と、忠告せず焚きつけて乗せ誤らせる、メフィストフェレスな同胞が、少なからずいるので困りものですが。

ロングステイヤーの情報源である、街の日本語紙の巻頭言として ぜひ毎号 載せてほしい この投稿を、一部補足・改行して無断掲載する。
どうか、ご容赦を。

 

タイへロングステイに来る おまえら、本当にバカばかりだな。  

年金貰えるまでは、日本でしっかり働く。
たまにタイへ遊びに行ったりしながら、英語とタイ語とタイ文化や法律など勉強する。

店舗出店・商売はしない、共同経営など投資をしない、コンドミ二アム投資もしない、結婚紹介所・斡旋利用をしない、ロングステイ詐欺にひっかからない…
等々、余計な事には絡まない。

ロングステイはボロ賃貸マンションを借りて自炊しながら、とっかえひっかえ好みの若いタイ女を買う。
マンションを女に知られるのは危険だから、Hはラブホで。
大切な金は日本に。
リタイアメントビザは自分で頑張らず、ラクして見せ金業者に頼む。

VISAデビット付きの銀行カードとタイの銀行カードを作っておく。
ブログなんて書くなよ!
やはり、投稿からプライベートを知られるのは危険だから。
昔から信頼している日本人以外とは、タイでは一切付き合わない。
日本人会も、入っちゃだめだ。

タイ女が泣こうが喚こうが、絶対に多額な金銭を援助しない。
万が一 深い仲になり、同居するようになっても、結婚(入籍)は しない。パートナーの関係を保つ。
タイ人に恨みを買わない、怒らせない。
体壊したら、当地で療養なんて考えず、日本に帰国して保険で病院へ。最悪 生活保護。
完璧だな ♪

騙されたり、簡単に車だの家だの買い与えるバカが多すぎだね。
せめて、ローンで買わせて地上権設定は当たり前。

独身のじーさんは安易に移住して来て、簡単に日本人やタイ人を信じるから、騙されたり殺される。
最近 判っているだけで、2人も残忍な方法で殺されてる。
それでも、タイ人は無罪。

夫婦で移住も、両方せめて英語は話せないと無理だよ。どちらか死んだら苦労するよ。

皆、毎日毎日簡単に騙されてて、本当にバカ過ぎるよ。
自分だけは違う、この子(タイ女)だけは違う。これ位ならタイ女にくれてやる。
本当に、バカ過ぎて話にならんよ。
マゾかよお前ら!日本人なんだから、もっと頭使えよ!

…先人の経験談を、もっと謙虚に真摯に受け止めよ。


※ 見せ金業者とは。
会社発起人や取締役が、払込取扱金融機関以外の者から借り入れし、これを払込金として現実に払込取扱金融機関に払い込み、設立登記後または新株発行の変更登記を終了すると直ちに払込金を引き出して借入金に返済する行為。
そういう手続きを経て、設立された会社=業者。(ウィキペディアより引用)

| チェンマイところどころ2013〜 CHIANGMAI HERE AND THERE 2013〜 | 08:29 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

ある追悼

チェンマイで、しばらくの間 通った日本食堂(居酒屋。居食屋とも呼称)の ご主人が3月4日に61歳?で亡くなったと知った日、複雑な気分になり、日記に以下のような文を綴りました。
葬儀も終わり、2週間が経ち。
参列した方のブログにも一部補足して投稿させていただきましたが、故あって更新をしていなかった自分のブログにも再掲するものです。
ご主人と最後にお会いしたのは、店を閉められて しばらく経った2016年1月。ファイケーオ通りでバッタリすれ違い、某不動産店の前で座って雑談した時です。
「あんたは変わらない(染まらない)な」、というような事を言われましたっけ。

10年以上前、既に私はチェンマイで年に数か月過ごしていましたが、当時ご主人がやっておられた2軒の店へは行っていません。
新しい店は、常宿に近く、オープンしてすぐの頃から行ってました。
ご主人が店に出なくなる少し前、常連さんや ご主人の友人以外では、料理をろくに注文せず喋りたがりで、情報を聞きまくるだけの お客様が増加していたように思います。
ご主人はプロ、無料案内所を しているわけじゃないので、こういう人たちを冷た〜く扱ってましたね。
バックパッカー向けゲストハウスに泊まって1人ゴルフしてるという中年男に「もっと安い宿はないか」と聞かれた時は、もう呆れてました。
お金持ちらしき同胞やビジネスの方々(ご主人と奥様が併せて経営しているマッサージ店の利用者や、所有のコンドー部屋を借りてくれてる人も)には、それなりの対応。
でも彼らの人間性が見えてきて、徐々に対応が変わってゆく。
私は常連さんや初対面の人と話す事もありましたが、黙って隅のテーブルでビール呑みつつ彷徨いてる猫いじりつつ、そういうのを見ているのが好きでした。
チェンマイで店を経営する日本人オーナーは今後もいるでしょうが、溜まり場にして店に立ち相手をする日本人オーナーは、ご主人が最後か。
個性派の同胞ばっかり来て、その相手をするのは疲れるに決まってます。
言葉が通じぬタイ人に店番は任せておいた方がよろしい。同胞もタイ語を学ぼうという気になり、語学学校経営者が喜ぶでしょう。

私はチェンマイ滞在時、あちこちの店で1人 ビールを呑んでると、いい人に見えるのか話しかけやすいのか、喋りたがりな同胞男性ステイヤーの(時間つぶし用)ターゲットにされる事がよくあります。
いちおう断らず、相席で話したいんですか?どうぞとは言いますが。
話に その人の過去が見えたり、タイ女性で失敗したとか良い関係を続けているという話が聞けたり、先達からのアドバイスで得した気分になる事がありますから…でも、聞きたくもない話をする人たちが8割。
いかに自分は安く旅をしてるか自慢とか、良い店教えろとか、そんなのばっか。そのうえ初対面なのに横柄で、相槌も限界。
途中で話を遮り、お引き取り願うことにしています。
また、こういう人たちは まず呑まない。せめてコーラの1本でも追加注文し、一緒に呑んでくれれば、店のためにもなるし もう少し話を聞いてあげるのですが…。
私より年上の人も多いのに、まるで分かってない。こっちを甘く見て、分かってないフリをしてるのか。

ご主人は、プロ精神で いろんな人の話を店で聞き、コラムを書き、集客目的があるとはいえブログも開設し対応しておられ、バイクも車も乗り、イクメンもやっていた。
私には出来ない…。
今回のこと、全く残念でした。

| チェンマイところどころ2013〜 CHIANGMAI HERE AND THERE 2013〜 | 11:26 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

…3か月経って
2015年6月末。
土壇場のキモチから、ブログに「お願いのようなもの」を書いて断筆し、3か月。
幸い状況は早期に好転し、日常が戻っては いるのですが。

哀れむ・叱る問わず、こういうときに何かコメントしてやろうという読者の方、
まして読料として少し恵んでやるかなんて方は、「ほぼ」居られなかったようで…。
 
「お願いのようなもの」を書いた日のアクセス数は、カウンターを信ずれば3500弱あったのです。
ということは、3500人弱の読者の方 (フォロワー、っつうんですか ?) の目に あの記事は触れたことになりますが。
それに対する反応、コメントや連絡はゼロでした。
ちなみに、6月のアクセス数は130000超え。
7月 8月は何も書いていませんが、46000強 37000強のアクセスを頂きました。
本当にありがたいのですが…反応の類は「ほぼ」ありません。
「いつも ご苦労様です、参考になります」と慇懃な お褒めコメントをくれる方も、「珍しい写真、頂きますネ」の方も、姿を消されたようで。
…そんなモンですね。

好意的に解釈すれば「ネタ」だと思われたか、ドン引きして見限ったかの どちらかでしょう。
今月も、何も書いてないですが、アクセス数は20000以上あります。
ありがたいことです。
けれど、真剣に書いた「お願いのようなもの」投稿への反応の無さに、わたくしは…
「読者の皆様が、調べて書いたモノを見ていてくださる。嬉しい!」というキモチが、すっかり失せてしまいました。
調べて書いたモノには大いに反応して貰える (アクセス数の増加) が、それを書いた わたくしの土壇場・ピンチには、何の反応も貰えないんだなぁ、と。

10年やってきた自分なりのブログ=映画などのヲタク雑学研究発表も、潮時かなぁ。
発見とかして、書いたり写真を載せたりしてもプロじゃないんで、わたくしより押しが強く文才があり立派に見えるブログの書き手やプロの方に、シレッと無断で使われちゃうからなぁ。

今後は。
多くの「町の研究家」に倣って、こーゆー事どもは「私家版」として続けるのが良いかな ? と考えました。
現在、カテゴリー立てて連載形式で続けている記事が いくつかありますが、ブログでは、全て「未完」とさせていただきます。

過去のブログ記事は全て残しますし、これからも たま〜には書こうと思いますけど。
少なくとも、
・年末恒例の「今年のマイベスト」
・つれづれ雑記における若干の「メモ」
は続けるつもりですので。

なお、今回の件は別として。
雑記の中に ときどき登場する近況スケッチや、わたくしの心象みたいなモノですが…こちらは100パーセント事実ではなく、「見聞や日常を使ったフィクション」であることを お断りしておきます。
これこそネタとして、読んで頂くためのモノ。
ときどき誤解があるんですけど。
フツーに考えて、ネットの雑記に「真実の日記」をつけるヤツはいないでしょ ?

最後に。
誰も言ってくれないから、自分で言おうっと。
「ブログ継続10年…お疲れさまでした!」
| サイトオーナーよりひとこと from SITE OWNER | 08:15 | comments(3) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

お礼と、お願いのようなもの
こんにちは。
いつも当ブログを閲覧頂き、ありがとうございます。
6月も もうじき終わりますが、月間閲覧者数は5月のそれを突破。120000を超える新記録と なっております。
いったい どうしたことでしょう ? 嬉しい悲鳴しか出ません。
本当に ありがとうございます !

以下は、わたくしの体調に関する事と、非常に身勝手な お願いです。
お怒りになる方が、おられるかもしれません。

昨年末以来、当ブログや雑記でも書いたことがありましたが。
半年に渡って わたくしを苦しめてきた、原因不明 (五十肩に起因すると思われる) の両腕・肩の痛みや ふるえは、治療 (思いつく限り試した) と我慢の甲斐あったか、今月の時点で ほぼ解消しました。
あとは、両腕の筋肉が作動不良というか、固〜くなったような感覚。
これが無くなれば、完治と言ってよいのですが…
まだしばらく、時間が かかりそうです。

痛みと併行して。
理由を、今は書きづらいので省かせていただきますが…わたくしに「経済的危機」が襲ってきました。
たぶん このまま行くと、10年続いた当ブログのバックボーンとなっている、今まで蒐集したヲタクならではのブツ・資料など、売却し資金に変えることを決断せねばなりません。
その先には、もっと大きなものも処分しなければならない日が来るでしょう。
ブログ掲載目的で、調べたり やっておきたいことは まだまだ あるため、「その日」を少しでも先延ばししたい願いのみ 今は あります。

こんな不躾な事を書くのは初めてで、何度も逡巡した末なのですが。
お一人あたり、いくらでも結構です。活動支援金を ご寄付願えないでしょうか ?

ドローン飛ばし少年が、資金を得た手段のマネと思われても仕方ありません。
ですが、
顔の見えない多くの閲覧者様の厚意に すがることも、今は試してみたい心境なのです。
わたくしのブログに、何がしか読むべきところや参考になるモノがあり、「得した」と思われているのなら。
下記の ゆうちょ銀行口座に、お志として頂戴できませんか。

記号12150 番号5531821
または
店番218 普通 0553182
コヤマ ジ××ジ

ネット上なので、本名を完全に曝すのは躊躇いました。
こんな お願い、非難も承知の上ですけど、あらゆる可能性に縋りたいのです。
なお6月30日時点で、この口座の残金は数千円しか ありません。

お返しは、「当ブログを継続すること」のみですが…。
終わります、失礼しました。
| サイトオーナーよりひとこと from SITE OWNER | 11:51 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第5作 『サザエさんの結婚』(1959.1) [4]
西野ノリオ (藤木悠) と浅利はま子 (横山道代) の、会費制結婚式。
やって来た学生たちの名が、当時の政治家や相撲取りのモジリというギャグ。

岸金助、佐藤平作、若野花夫 ! 役者名は不詳。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 11:40 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第5作 『サザエさんの結婚』(1959.1) [3]
シナリオ表紙。

本作のスチル写真を所有していないので、いくつかの場面をシナリオから紹介すると。

東宝撮影所で、下宿人の新人スター・平目スナ子 (雪村いづみ) の撮影風景を見学するシーン。
江利チエミ演じるところのサザエさんが、食堂で江利チエミを目撃する。
ワカメに「そっくりだ」と冷やかされ、「あたし、あんな人に似てないわよ」とグチる、楽屋オチ。

合成なのか、カットつなぎ処理かは不明。
それ以前に、この珍場面は映像になっているのかな ?
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 08:31 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第5作 『サザエさんの結婚』(1959.1) [2]
立て看板サイズのポスター。

ずいぶんと荒いが、仕方なし。
わたくしも持っていないし、ネット上でも見かけないですね。
ポスターやスチルを お持ちの方が おられましたら、画像を どこかに提供してくださいませ。

同時上映は、堀川弘通監督の石坂洋次郎原作モノ『すずかけの散歩道』。 

司葉子、津島恵子、森雅之、笠智衆、山田真二、星由里子ほか。
ひょっとしたら、『愛と希望の街』(1959.11 松竹) など初期の大島渚作品に出ていた、富永ユキのデビュー作 ?
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 第5作 『サザエさんの結婚』(1959.1) [1]
第5作は、1959年の正月映画第2弾として公開された。

『サザエさんの結婚』(1959.1) 宝塚映画、東宝配給
カラー・ワイド、90分、7巻・2459メートル。

サザエさん (江利チエミ) は やっと結婚できると思ったら、フグ田君 (小泉博) の大阪転勤で おあずけを食った状態。
そんな時、磯野家で結婚についての緊急家族会議が開かれた。
てっきり自分の事だとサザエさんはテレたのだが、お父さん (藤原釜足) が提案したのは、お母さん (清川虹子) と「結婚25年の銀婚式旅行に行きたい」という件だった。
むろん、満場一致の可決である。

サザエさんが両親を送り出したあと、大阪で旅館を経営する叔父夫婦・西野万造と ちえ (花菱アチャコと浪花千栄子) が、息子のノリオ君 (藤木悠) の勉学ぶりを視察に来た。
が、息子は酒とパチンコに熱中していることを知り、彼の本の間から女性とのツーショット写真が出てきてビックリ。
そんなノリオ君は、写真の太陽大学経済学部3年・浅利はま子さん (横山道代) との婚約を宣言する。
頭にきた叔父夫婦は学生結婚に大反対するが、サザエさんが調停役を買って出て、了承となる。

叔父夫婦は若い2人にアテられ、「自分たちも結婚して30年だが、新婚気分で2人きりになりたい」と無茶な要求を。
仕方なく叔父夫婦に留守番を任せ、サザエさんはカツオ・ワカメ (白田肇、松島トモ子と交代した猿若久美恵) と、父母の旅先である日光へ向うことに…。
彼女も、途中で出会った新婚夫婦たちにすっかりアテられ、つぶやいた。
「フグ田さん、早く東京へ帰ってきて」と。

フグ田君が、東京へやって来る。
待望の転勤か?違った。
九州旅行の時にサザエさんがライバル視した、フグ田君の友人でヅカガール・悦子さん (安西郷子) と、彼が勤めている東邦商事…東宝と書いたサイトもあるが、東邦らしい…社長 (志村喬) の令息・富岡君 (平田明彦) の結婚式に出席するためである。
サザエさんはフグ田君と一緒に結婚式に出席し、自分たちの式の参考にすることにした。

最初は、ノリオ君と はま子さんの会費1000円のチャッカリ結婚式だ。2人は会費徴収係に廻された。
次は、悦子さんと富岡君の式へ。サザエさんは思わず、祝辞の代りに社長へフグ田君と自分のことを話し、東京転勤を頼んでしまう。
マズかったかしら ? あとでサザエさん、すっかりショゲた。

ノリスケ同様に結婚して出ていった、ノリオ君のあと磯野家の二階へ下宿に来たのは、東宝映画のニューフェース・平目スナ子さん (雪村いづみ)。
初の大役で出演する映画も撮影中の、若手女優だ。
サザエさんのお父さんが、昔 世話になった方の娘だという。
彼女は、社長の入った人間ドックへ看護婦に化けて入りこみ、フグ田君の東京転勤の確定を直接 聞いてきてくれた。
新居をどうするか考えはじめたサザエさん。スナ子さんの転居が急に決まって、自宅の二階で新婚生活という段取りも付いた。

そんな時、フグ田君が美しい女性と買物をしていたという !
サザエさんは またしてもフクレたが、それは彼の妹の たい子さん (白川由美) だった。
「結婚式は ぜひ北海道で」という母親の伝言を持って来たのだ。
サザエさんとフグ田君の永すぎた春もやっと終り、2人は羽田から北海道へ向けて飛び立ったのである。
http://movie.walkerplus.com/mv25831/
より転載、一部訂正・改行。
http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/eigahyou41/
sazaesannokekkon.html

からは多くを得、ウィキも参照しました。

サザエさんも、ついに結婚。
カメオ出演も含む豪華な配役が組まれた、お祝いムードの作品だ。
本作公開の翌月、1959年2月に、江利チエミ本人も22歳で高倉健と結婚する。
映画と主演女優の人生がシンクロし、話題作りも事欠かなかったろう。

カツオ役の白田肇は そのままだが、ワカメ役が松島トモ子から猿若久美恵に交代。
前作で登場しなかった、柳家金語楼が山中老人役で再登場。
大阪の叔父夫婦の娘・環三千世は、恋人の山田真二と既に結婚しており、第6作以降にも登場する。

今回で最後の出演となる藤木悠と学生結婚する横山道代は、あまり知られていないが市川寿美礼のあとにラジオでサザエを演じた、サザエさん女優の1人でもある。

結婚式に呼ばれ歌を歌う学生たちに、佐原健二・江原達怡・加藤春哉が登場しているようだが、カメオ出演でクレジットに名は無いらしい。

江利とは三人娘シリーズで共演している盟友・雪村いづみが、若手女優役。
東宝撮影所で、雪村が出演する映画『素晴らしき結婚』の撮影 (彼女が歌うミュージカル場面) を見学するシーンでは、ワカメがサインをねだる俳優として加東大介と司葉子もカメオ出演。クレジットに名は無い。

『ゴジラ』で、志村喬が演じる博士の娘婿になるはずだった平田明彦。その2人が実際の親子役というのが、特撮ファン限定で面白い配役。

1作目で、甘味屋の看板娘役だった白川が、マスオの妹役で再登場。名は たい子、TVアニメではノリスケの妻の名だ。
三木東風という役で、三木のり平。夫人役は藤間紫。
悦子さんの父役・益田キートンも出演しているが、キネ旬の資料からは漏れている。

毎回違う役の森川信は、大川という社長秘書。沢村いき雄は、冒頭で風呂の薪に火を付けるサザエさんを手伝う (今度はホンモノの) クズ屋。
若水ヤエ子は、第3作でも看護婦役だったな。本作と同じ1959年には、日活で主演作「女中シリーズ」が作られている、当時の人気コメディエンヌだ。
資料では御用聞き役となっているが、脱線トリオの由利徹と南利明は、寿司屋店員とウナギ屋店員の役らしい。八波むと志は、今回出演せず。
丘寵児が、サザエさんのお父さんの友人・可児さんという役。
梅野公子は、第2作でフグ田君の母役だったはずだけど、東宝データベースでは山中老人の妻役として記載されている。
実際は どうなのか ?

ほかに宮田羊容、広瀬正一、ダーク・ダックス、日劇ダンシングチーム。
キネ旬の資料には、中年男役で市村俊幸の名があるけど、東宝データベースのキャスト表には無い。カメオ出演とは思えないが…。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 12:02 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP

東宝・宝塚映画版『サザエさん』特集 [番外 2]
『えり子とともに』から1年のち、小泉博の本格デビュー作がコレ。

『青春会議』(1952.1 東宝) である。
山村聰、杉葉子、岡田茉莉子、伊豆肇らが出演。
電柱に貼られたポスターを見て、依田家の家庭教師となる学生の役だった。
石坂洋次郎原作 杉江敏男監督の、今は語る人もいない映画だが、当時は若い観客を集めたことだろう。

東宝で、黒澤や成瀬組の常連というような格ではなかったけれど、一介の青春スターで消えることなく天寿を全う。
小泉博、悔いなき人生だったのでは。
| 長谷川町子の部屋 FEMALE MANGA ARTIST MACHIKO HASEGAWA | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP